放課後を無双せよ、ただし七瀬陽南乃に正体がバレてはならない2


 放課後。俺たちは、ブラウン基調としたシックな内装の喫茶店に訪れていた。


「これが! リア充にしか許されないって食べ物、生ドーナツ!?」


「へええ、こんな近くでガチのやつ食べれるんだ!」


 銀髪白髭のマスターが持ってきた三種の生ドーナツに、氷室さんも七瀬さんも目を輝かせている。


『放課後のプランを練るために、喫茶店で腰を落ち着けよう』


 下校時、そう言った時は、七瀬さんが、ええ〜、と不満を漏らし、氷室さんも不満でないのに、ええ〜、と言ってきたものだが、今の様子を見てほくそ笑む。


「うわぁ、嫌な笑いかただぁ〜」


「あれだけ文句言ってたのに嬉しそうだから馬鹿にしてる」


「ちゃんと、やな奴だ」


 なんて七瀬さんと軽口を叩ける。本当、闇が深くなかったら、いい友達になれた、もしくは惚れていたろうに。


「ね、どうして、ここで食べれるって知ってたの?」


「いや、食べれはしないよ。少なくともまだ」


「うん? どういうこと?」


 氷室さんにキラキラの青春を送りたいと依頼された時から、知り合いのつてを辿って、この喫茶店と連絡をとっていた。


 内容は、本格的な生ドーナツを作ってくれ。


 この町の短いアーケードには売っているところがないので、本格的な生ドーナツを食べに行くには下手したら県をまたぐ必要がある。そのため、トレンドの生ドーナツは需要が高く、味も質も保証できるこの店が出せば、流行るかもしれない。


 そんな話に、流行に疎いが、腕はたしかなマスターが乗り気になってくれ、生ドーナツの研究をしてくれていた。


 まあ、ごく僅かの刈谷の名前が通じる相手だったからこそではあるが、それでもやってくれたことに感謝している。


 そういうわけで、今出された三種の生ドーナツ。全て試作品で、メニューになる直前のものである。


「これは試作品で、これから店に並ぶんだよ」


「え、じゃあ、まだ他の人は食べれないの?」


「そう。誰よりも流行を先取りするってキラキラな青春感しない?」


 それがわざわざ頼んだ理由だった。


 そしてそれは氷室さんの琴線に響いたようで。


「する! え、これもう、写真とかとっていいかな!?」


 話が聞こえていたマスターがカウンター奥でピースしていた。もう気分は、女性に人気の喫茶店の店主のようである。


「いいって」


「じゃあ私も撮る! インスタ上げていい?」


 マスターを見る。オーケーサイン。


「いいよ。七瀬さんが上げたら、すぐ人気出そうだね」


「んなことないよ、3000ちょいくらいしかフォロワーいないし」


 その言葉に氷室さんが目を見開いた。


「3000!?」


「うん、何か勝手に増えてた。あ、でも、顔写真とか上げたら一万こえるかもよ〜?」


「まじでこえそうだから冗談に聞こえないわ」


 あはは〜、なんて笑って、七瀬さんは写真を撮り始めた。そんな様子を氷室さんはそわそわして見ている。


「わ、私もsnsやったほうがいいかな?」


「見るからに慣れていなそうだし、やめたほうがいいよ〜」


「そっか、よかった。そういうの得意じゃないから」


 写真は自分で楽しむ用なんだ。そう思うと、可愛い。


 なんて思ってると、でも、と七瀬さんが言った。


「氷室さんのお洒落の師匠。良い写真の撮り方とか知ってそうだし、使い方教えてもらえないの?」


 息が止まる。氷室さんを見ると、呆気にとられている。


 どうやら言ったわけではなさそう、なら、氷室さんの裏に誰かいると気付いたのだろう。


 どうして? たしかに、氷室さんが急にお洒落に目覚めた。それは考えづらいからだれか教える人がいた、とは薄い可能性ではあるが勘づいてもおかしくない。


 いやおかしい。ただ髪切って色変えただけだぞ。


 何から勘づいたんだ七瀬さんは。


 ぶるりと震える。


「あ〜めっちゃおいしい〜。外はカリッとして中はもちもちなのに、食べた時はふわふわ〜」


 なんて呑気なこと言っていて気が緩みそうになるけど、警戒レベルを引き上げる。


「氷室さんに、お洒落の師匠っていないよ」


「じゃあその髪色は自分で選んだの? センスよし、だね!」


「いや、美容師さんにお任せしてた。よね、氷室さん?」


「え、うん」


 なんて言って良いかわからなかったのか、氷室さんは頷いた。


「へえ、なるほど」


 その『なるほど』は、話を鵜呑みした『なるほど』ではない気がした。


「それより! めっちゃ美味しいよこれ! プレーン、ティラミス、カスタード! もう神だね!」


「そだね! いただきます! おいひ〜!」


 幸せそうに食べる氷室さんと七瀬さんは、美少女力がすごくてキラキラが目に痛いくらい。いかに美味しいかがわかる。


 俺も食べてみると、頬が落ちるほど美味しい。けれど、気が抜けていたら、もっと美味しかっただろう。


「ねえさ」


 と七瀬さんが口を開いた。


「これ食べたら、やっぱカロリー気になるよね? 消費したいよね?」


 氷室さんが俺を見て顔を赤くし、こくん、と頷いた。


「よし、じゃあカラオケにいこー!」


 七瀬さんは拳を掲げた。

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