海まつりを無双せよ4


 海まつりの開催は迫っている。追加コンセプトを決める時間がもうない。そんな裏の事情があって、希望者は翌々日には召集がかかっていた。


 バスから降りると、いっぱいに潮風を浴びる。海浜公園のだだっ広い駐車場の奥には、白い砂浜、青い海。授業が終わっての放課後にも関わらず、空はまだまだ青く、夏になったことを感じずにはいられない。


「凄いなあっ! グッとくる!」


 海を指差して言う氷室さん。言葉は非常に曖昧で語彙力のかけらもないけど、感覚はわかる。放課後に制服で夏の海。青春感ってやつに溢れている。


 気持ちはわかるが、これからあるのは集会。氷室さんに遊んでないで宿題しなさい、ってテンションで声をかける。


「ほら、行くよ」


「ご、ごめん!」


 戻ってきた氷室さん、と、海浜公園内の建物に向かって歩く。あとついでに、なんかローテンションの七瀬さんの肩をとんとんと叩く。


「どしたの、七瀬さん。行くよ」


 ゆっくり首を回して顔をじっと見てきた。


「ねえ、とんとん、って肩を叩くということはさ。とんとん♡ させられたいってことだよね? 煽ってる? こっちはとうに我慢の限界きてるんだけど?」


 こいつ、もしかして俺がくるみだと気付いているのか?


 とは思ったが、気付いているのなら怒りやら何やらは煮え滾っているだろうし、自制が効くはずないので、


「まじで何の話?」


 と尋ねた。


「二人ともいこーよ!」


 なんて氷室さんの声がかかって、七瀬さんは目をバツにして唇を横一杯に引き結ぶ。


 どんな感情だそれは。と思った時、きゃいきゃいした声が聞こえる。


「海まつりって今年から大きくやるんだって初めて知ったよ」


「ねえ〜、楽しみ〜」


 話していたのは、他校の制服の女子。地域から広く集めると言うだけあって、バスから降りた学生も十数名といる。バスを利用していない学生も含めれば、多分三十人越えているだろう。


 そんな学生たちの流れに沿って、歩き始める。


「何かキラキラしてる子達ばっかだぁ」


 キラキラって言うのとはちょっと違うかも。勿論、半数くらいは、他校の生徒と祭りの運営なんて場に憶しない子たち。だけど、もう半数は、キラキラしたい子たち。自尊心とか、自己肯定感とか、周りの目とか優越感とか、どろどろ〜、っとした思いを抱えて希望して集まってきている。それは純じゃないというだけで、悪いことではないし、一定数いるのは当然のことで、気に留めるようなことではない。


 けどまあ、中には氷室さんみたいに、純粋にキラキラしたいレアな子もいるだろう。


「そだねー」


 と俺は流して、来週から始まるテストの話題でもしながら、案内看板に従って歩く。


 学生たちが自動ドアに呑み込まれていくそこは、ガラス張りの海が展望できるレストラン、って言っても、フードコート。こんなんまで作ってたんだ、と思いながら、施設内に入る。


 入ってすぐ受付を済ませると、ホールに出る。白の柱に白のフローリング、まさにシーサイドって感じの広々とした空間には、ロの字型に並べられた椅子と机があった。適当に空いてるところに座ると、氷室さんが隣に座り、七瀬さんが膝の上に座った。


「なんで?」


「間違えたけど、いいよね」


「良くない」


「じゃあ机の下にするね。音はできるだけ控えるね」


「いやずっと何の話?」


「刈谷くんっ」


 むす〜っとした可愛い顔の氷室さんに嗜められて、あたりを見回すと、変なノリのせいで色んなとこから視線が飛んできていた。


「ほら、変に注目されちゃって氷室さん拗ねちゃったじゃん」


「あー、ごめんって、雪……」


 氷室さんの顔を見て言葉が止まった七瀬さんは、また何とも言えない複雑な顔をしてすんなりと俺の上から降りた。


「陽南乃ちゃん?」


「え、あ、ど、どうかした、雪菜?」


「いやどうかしたのは陽南乃ちゃん……」


「なんでもないよぉ、やだなぁ、あはは!」


「そ、そか、大丈夫だよね? 何か悩み事とかない? 私、陽南乃ちゃんのためなら何でもするよ?」


「あー、そのさ、そういうこと言うから悩むって言うか……」


「うん?」


 氷室さんが首を傾げた時、七瀬さんに声がかかる。


「あっ、七瀬じゃーん」


 こっち見て、手を振ってくるギャルに、七瀬さんは「あ」と声を上げて俺たちに言った。


「ちょ、ちょっと私、あっち挨拶行ってくるから!」


 七瀬さんは俺たちに背中を向けて、別のグループに行ってしまった。




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