海まつりを無双せよ3
朝のHR。よれたTシャツを着た先生が眠そうな声で告げる。
「7月の終わりにある海まつりについて、連絡事項があります。海まつりの運営が、SBPの足掛かりとか、体験学習の一貫とか云々、まあ難しい理由で、実行委員を地域の各校から募るみたいだから、希望者はこの紙に名前書いといて」
そんな言葉に生徒がざわつく。
なんか、たのしそー、とか。面白そー、とか。逆にめんどくさそー、とか。きゃいきゃいしていく。
「先生、実行委員って何やるんですか?」
と、どこかから声が上がると、先生はだらっと答えた。
「やることは、企画とかの会議の参加だったり、雑用だったりって話は聞いてるけど、先生も詳しくはわからない。でも、まあ、貴重な経験になるだろうし、青春って感じがしていいんじゃないか。やりたいやつは、やっていいぞ」
さらに、きゃいきゃい、と騒がしくなるが、それを、ただし、と先生は諫める。
「時期は来週から、海まつり終了までだ。放課後は、17時から19時で、それより遅くなることも、早く始まることもある。夏休みはもっと増えるみたいだから、部活やってる学生には厳しいぞ。それに、テスト期間もだだかぶりだ。勉強に自信がないやつは、絶対にやるなよ」
まじかぁ〜、と、しなしなっとする空気に満足したのか、先生はご満悦な笑みを浮かべ、
「そういうわけだから、よく考えて希望するように。紙は掲示板に貼っとくから、今日の放課後までに希望者は名前を書いておいて」
と、しめてHRは終わった。
それから午前の授業が始まり終わり昼休みになると、教室内は、どうするどうするって空気にはなった。ただ、実際に応募するにはハードルが高いのか、誰も自分の名前は書きに行く様子はない。
「じゃあ書きに行こうか」
俺の隣の席でお弁当を広げる氷室さんにそう言うと、強い頷きが返ってきた。
「うん! 陽南乃ちゃんも誘ってみるね!」
と、氷室さんは、何故だか知らないが今日ずっと突っ伏している七瀬さんのもとへ行く。声をかけづらいオーラびんびんに放っているけど、そんなのお構いなしって感じに氷室さんは肩をたたいた。強い。
そう思うと、ほんと強くなったな、と感じる。
何やかんや言いながらも、応募するのにも躊躇いはそうなかったし、自信がついたのにはちがいなく今日も休み時間には、俺とも七瀬さんとも違うクラスメイトと仲良さそうに話していた。
もうやれることはない。これが最後だなぁ。本当に。
近く、そのことを言おう。
そんでまあ、海まつりで思い出作って、そんで二人とは距離を置いて……あれ?
そのあと俺は何をするんだ?
何でも屋はやめる。普通の生活を送る。
なら、距離をおく理由ってなに?
ま、七瀬さんに限っては説明すら不要だが……って、あぁそう。それが命に関わることで、氷室さんといれば接触が増えるから距離をおこうってことか。
充分すぎる理由だけど、本当にそれでいいのだろうか。
きっと氷室さんはこれからも俺と友達をやりたいって思ってくれている。
なのに、そんな受け身な理由で離れるなんて、あまりに誠実さがないんじゃないか。離れるならば、俺がどうしても離れたい、という理由がないといけない。
なんて思って、蔑ろにできないくらいには、氷室さんに肩入れしていることがわかる。
まあ俺も、色々と話してきて、沢山遊んできて、氷室さんのことは好きだ。七瀬さんのことも、昏い側面に目を瞑れば、好きなのは違いない。
もしかすると、離れずに済むような方向で努力をした方がいいのかも。
でも、それもまた、違う気がする。
そもそもの話。俺は何でも屋っていうしんどい生活から解放されることを夢見ていたんだ。なのに、命のために正体を隠し続けるという、今までよりも苦しいかもしれない生活を送ることになるなら意味がない。
また、氷室さんは唯一の依頼人。もし多数の刈谷に対する依頼希望の客が、廃業した俺と依頼を受けられた人間が懇意にしているところを見れば、いい気分はすまい。そういった事情を鑑みれば、共にいるためには何でも屋としての活動を一切しないことは難しいのかもしれない。
それに、きっと氷室さんは言うだろう。一緒にいることが苦しいなんて、そんなの友達なんかじゃない、って。情で一緒にいてくれるのは違う、って。
はあ、とため息をつく。
長々とくだらないことを考えたが、俺がやらないといけないことは単純だ。氷室さんに筋を通すために、離れるにせよ、一緒にいるにせよ、俺自身がどうしてもそうしたい、という意思で決断する。それだけだ。
「陽南乃ちゃんもやるって!」
帰ってきた氷室さんは、夢や希望に溢れた眩しい笑顔でそう言った。
ま、今後のことはさておき、タイミングを見計って、契約の終了だけは伝えないとな。
言うとすれば、最初の会議のあと。そこだろう。
「刈谷くん?」
「ああ、何でもない。じゃ、書きに行こうか」
「うん!」
そうして俺と氷室さんは、掲示板の紙に名を書き記した。
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