氷室さんからの依頼2
昨日、依頼内容について話をしよう、とメッセージでやりとり。そして今日、午後4時半の喫茶店。奥のテーブル席で俺は氷室さんと向かい合っていた。
「刈谷くん、きてくれてありがとう」
「いや、俺から言い出したことだし、感謝はしなくていいよ。それより、依頼内容はメッセージの通り?」
尋ねると、氷室さんは頷いた。
「私キラキラした青春を送りたい」
そう言って氷室さんは遠い目をした。
「七瀬さんみたいになりたいの」
「それだけはやめてください、おねがいします」
「なんで!?」
「あ、ああ、ごめん冗談……0割くらい」
「冗談じゃないの!? せめて理由を聞いて!」
七瀬さんみたいになりたい、なんて言うものだから、恐怖につい懇願してしまった。
落ち着いて、理由を聞くことにする。
「わかったよ。理由を話してみて」
そう言うと、氷室さんは、ありがとう、と話し出した。
「ほら、七瀬さんって見るからにキラキラしてるよね」
「見た目とは正反対にドロドロしてると思う」
「誰とでも仲良くなれるし、すごく明るいし」
「仲良くなりすぎたり、暗いものを抱えてそうだね」
「勉強もスポーツもできて、それでいて可愛い」
「そんな長所が目に入らなくなるくらいの短所があると思う」
「ねえ、刈谷くん。目は確かかな?」
「節穴であってほしいかなぁ」
よくわからない、といった風に、氷室さんは首を傾げた。その動作はリスのような小動物的で愛らしく、クールな雰囲気とのギャップでズキュンと撃ち抜かれそうになる。
でもそう。昨日のことを知らない人からは、さっき氷室さんが言ったように見えて当然で、実際、恋愛が絡まなければその通りだ。なりたい気持ちはわかる。
「憧れる気持ちはわかる。だからそれは飲み込む。でも、友達になる必要は、ないんじゃない?」
「ううん。私、キラキラした青春を送りたいって言ったよね?」
「メッセージで言ってたね」
「うん。だからお祭りに行ったり、海に行ったり、放課後遊んだり、そんな友達が欲しいの」
でも、と氷室さんは続ける。
「それって相手のことを考えていないよね? そういうことができる人なら誰でも良いって、相手にすごく失礼だと思う。それに、そんなんじゃ、友達って呼べない、ただの都合の良い人だ。私は、私に都合が良いだけの人なんて絶対に作りたくない、人を侮辱するようなことはしたくない」
氷室さんの言葉を聞いて、涙腺がゆるみそうになる。
「だから、私が憧れて、心から友達になりたい唯一の人。七瀬さんと友達になりたいの」
……ええ子や
うう、涙が出そうになる。よし俺がその依頼引き受けよう。
「わかった! 俺に任せ……ちょっとタイム」
あ、危ない。感動した勢いのまま引き受けるところだった。
氷室さんの依頼が七瀬さんと友達になりたい、だけなら引き受けても良い。友達になる術を教えて、あとは放置すれば良いだけだからだ。
だが、氷室さんの望みはキラキラした青春を送りたい、ということなのである。
氷室さんが望む、お祭りに行ったり、海に行ったり、放課後遊んだり。そこで、ろくに人付き合いをしてこなかった氷室さんが、キラキラした青春を送るのは不可能。つまり、介入は不可欠で、俺が一緒にいる必要があり、友達になれば七瀬さんとも一緒にいる必要があるということだ。
いずれは俺の手を離れてもらう。だが、少しの間はいなければならず、その間だけでも、バレないよう気を使うことで精神がボロボロになるのは、容易に想像できる。
だから絶対に避けたい。避けなければならない。
俺は何か揚げ足を取れるようなことを探すために、氷室さんに問いかける。
「そもそも、どうして氷室さんは、キラキラした青春を送りたいの?」
氷室さんは少し俯く。
「私さ、圭介が全てだったんだ。高校生活一年と少し。その期間をずっと圭介に捧げてきた。でもね、圭介だけに目が行ってたわけじゃないんだ。周りの子たちが楽しそうにお喋りしたり、部活を頑張ったり、イベントに励んだりしてるのを見てた」
「圭介はあの感じだから、くだらない、って、関わろうともしなかったけど、私はずっと羨ましいなって思ってた。教室の隅で圭介の好きなアニメとかラノベとかの話を聞いてたのも嫌じゃなかったよ? けどさ、私には皆の青春がキラキラして見えたんだ」
「それに手を伸ばしたくても、圭介がいたから、伸ばすことはできなかった。でも、今は違う。それを刈谷くんは教えてくれた」
氷室さんは顔をあげた。その表情は夢見る少女の顔。この世界で何よりも尊い表情。
「私はキラキラの青春を送りたい。皆みたい、ううん、もっとドラマや映画、小説に漫画にアニメ。それ以上のキラキラした青春を送りたい」
青空に白い鳥が羽ばたくようなイメージが脳裏に浮かんだ。
縛られていたものから解き放たれ羽ばたく少女。
そう思うと、胸が窮屈になる。
泣きそうになるのを必死で堪える。
精神がボロボロになるがなんだ。その程度のこと耐え抜いてみせる。
「わかった。その夢を手伝うよ」
「ありがとう刈谷くん」
そう言って、微笑む顔はどうしようもないくらいに魅力的だった。
「刈谷くんは優し……あれ?」
氷室さんは頬を染めてすぐ、首を傾げた。
「今、胸がとくんって……ううん、気のせい」
そう言って、氷室さんは頭を下げた。
「まず私に七瀬陽南乃という友達を作ってください」
「承りました」
「あ、でも、刈谷くん。こんなこと言うのも失礼だけど、七瀬さんと繋がりないよね? 大丈夫?」
もっともな疑問だ。
依頼主にはまず信用を与えなければならない。これは刈谷の教訓の一つだ。
「もちろん。そうだなぁ……氷室さんに信用してもらうためには、うん。関わりのないリア充グループと1日で仲良くなってみせる」
「ええ!? できるの、そんなこと!?」
「ああ。俺が何でも屋だという証拠をみせてあげるよ」
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