青春無双の始まり


 早朝の教室。朝練の声すら聞こえてこないこの時間。俺は後ろ向きに座り、氷室さんの机の上にスマホを置いた。


 画面には、俺とリア充グループの仲良さげな自撮り写真が映っている。


「昨日、よく話してるなって思ったら、本当だ。仲良くなってる……」


 氷室さんは、心底すごい、という風に言って、俺にキラキラした目を向けてきた。


「刈谷くん、一体どんな魔法を使ったの!?」


「魔法の反対。地味な努力だよ」


 そう言って、俺は昨日あったことを話し始めた。


 ***


 体育前、着替えの時のこと。俺は釣り餌をまいた。


「刈谷! お前、そのtシャツ!」


「え? 田中くん何?」


「すっげえ! rockinzet のバンドtじゃん! しかもライブ限定のやつ!」


「うん。あのライブはセトリが最高だったよ!」


「うわぁ〜羨ましいっ! お前何の曲が好き!?」


 話しながら、しめしめ、と思う。


 まず俺は、仲良くなるために、このクラスのリア充グループのsnsアカウントから、個人の性格、趣味、出来事等を、ひたすらに調べた。


 そして得た情報の一つ、田中は熱狂的なrockなんちゃらとかいうバンドのファンということ。俺は、これを釣り餌として利用することに決め、最初のターゲットを田中に定めた。


 なぜこのように回りくどいことをしたか。


 それは、人は近寄られると壁を張るからで、近寄らせてノーガードの状態を作り出す必要、つまり、話しかけられるという状況を作り出す必要があったからだ。


 ノーガードの状態だと互いが仲良くなりたいという正の方向を向くため、距離が縮まりやすいというのもある。


 とにもかくにも、田中の興味を引くため、俺は田中が愛している、rockなんちゃらとかいうバンドの知識を付け焼き刃で学び、このtシャツも何でも屋付き合いの業者から借りたわけだ。


 結果、企みは成功。あとは、どこが好き、とか田中に疑問を投げかけ、語らせておけば良い。それなら、俺がにわかであることはバレないし、田中は気持ちよく話せてさらに仲が深まる。


「あぁ、もうグラウンドに行かねえと。ちょ、話しながら行こうぜ」


「もちろん」


 歩きながら思う。


 これで一人、だ。


 ***


「なるほど。それで田中くんと仲良くなったんだ」


「うん。とにかく、最初は相手から話しかけられること。興味を引くことが大切だね」


「ふんふん、それで続きは?」


 興味津々といった様子で、氷室さんは尋ねてきた。


 ***


 今日からの体育はサッカー。リフティング、パス交換の練習の後は実戦である。


 男女20:20のこのクラスにおいてのゲームは、ミニコートを使った5:5のミニサッカーを4チームで行う。少人数のため、プレーのレベルが良くも悪くも、目立つものになっている。


 龍ヶ崎が怖気たような表情をしているのに対して、やる気満々なのはリア充グループの4人。運動神経がいいのは二人だけだが、それでも楽しそうにしているのを見て、氷室さんが憧れる気持ちが分かった気がする。


「それでは、チーム分けを行う。出席番号順にabcdでわかれろ」


 と体育教師が言って、列が作られていく。


 この展開を予想していた。そして俺が運動神経の良いリア充グループの二人、森本と池田と同じチームになることはわかっていた。だからこの機会を利用する方法を計画した。


 昨日、SNSから調べた情報として、リア充グループで遊びに行っている間もSNSの更新が多いことに気がついた。普段の様子と情報を統合し、このグループの人間は表面的な交友、広く浅い友人関係をとっているタイプだと結論をだした。


 表面的な交友を行う者は、周りにどうみられているかなどの公的自己意識が高い傾向に、広く浅い友人関係を取る人は、注目されたり、褒められたりしたがる傾向にある。


 これらのことを踏まえ、彼らと仲良くなるためには、俺と仲良くすることが、周りに見られていても恥ずかしくない、むしろ注目され賞賛に近いことであると知らしめるのが近道だと答えが出た。


 だから俺にとってこのサッカーは、クラス全員に凄さを見せつける、そして、俺がいれば活躍できると二人に教え込む絶好の機会なのだ。


「おっ、刈谷よろしく。さっき田中と何話してたんだ?」


「まじ気になるわ〜ってか、サッカー大丈夫そ?」


 俺はにやけるのを我慢して、二人と会話した。


 ***


「すっごく考えてるんだね。それでサッカーは、どうだったの?」


「まあ俺はサッカー触った程度で、上手くないから苦労したよ」


「え、じゃあダメだよね」


「いんや。明朝から、ノールックパスとか、アウトサイドのパスとか、一またぎだけのシザースとか、上手く見えるだけのプレーを練習してたから何とかなった。シュートは劣等感を刺激しないよう大きく外したけどね」


 氷室さんの頭の上に???と浮かぶ。


「要するに、うまいことできたってことだよ」


「そうなんだ。凄いね、刈谷くん」


「凄いかわからない時はわからないって言ったほうがいいよ。龍ヶ崎といた時の癖でしょ、それ」


「うん、そうかも。刈谷くんの凄さ全然伝わってこない」


 素直さに笑うと、氷室さんもコロコロ笑った。


「それで3人と仲良くなれたよね? あとの5人は?」


「3人と仲良くなったから、グループに入れたからチョロかったよ。あとは求められるキャラクターを演じるだけでよかった」


「キャラ?」


 俺はそのときのことを話し始めた。

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