氷室さんからの依頼1


 放課後開始の鐘がなった。


「よーし部活だぁ!」


「授業だるかったー」


「このあとどこ行く?」


 ざわざわと喚き経つ教室内の様子を、俺は頬杖をつきながら眺めていた。


 このクラスは、ごく一般の学校と同じように、いくつかのグループに分かれている。


 好きではないが、俗に言われるスクールカーストに無理やり当て嵌めるなら、男女4:4のキョロ充含むリア充グループを1軍。普通の男子だけの女子だけの2軍、3軍。そして陰キャと呼ばれる4軍。


 そして、どこにも当てはまらない、七瀬さんと、氷室さん。龍ヶ崎圭介とその幼なじみの長内千恵美の二人。


「陽南乃、今日部活休みでしょ? 遊びに行かない?」


「お誘い嬉し〜けど、ガッツリ寝不足だからやめとく! ノリ悪くてごめんね〜」


「無理。許さない」


「きびし〜、ってか、この学校にいるお洒落な男子しらない?」


 なんて冗談を言い合っている七瀬さんは、どこのグループからも引っ張りだこの人気者。その明るい性格で、誰とも仲が良く、リア充グループと仲良く話している今ですら、他のグループの子は話したくて仕方ないようで、遠巻きに機会を窺われているくらいだ。


 七瀬さんを見ていると、何故か恐怖で縮み上がり、慌てて視線を龍ヶ崎たちに向ける。


「ちょっと聞いてくれよ、千恵美! この漫画のヒロインが可愛すぎるんだ!」


「お母さんモノ? 圭くんは、小さい時私のお母さんのおっぱい触ってたもんね」


「その話は、やめろぉッ!!」


「でも、触ってたよね?」


「オーケー、そのことは忘れるんだ。いいな?」


 創作物のノリを現実でしている痛さに、俺は目を背けざるを得なかった。


 龍ヶ崎たちは七瀬さんとは反対に遠ざけられている。理由は簡単。彼らは社交的ではなく独自の世界に篭っている。そのため、周りは異質な世界に触れ辛く、触れられることを拒み、遠ざけられるというわけだ。


 だからと言って悪いわけではなく、むしろ俺は、龍ヶ崎たちを好ましく思っている。殻に籠るという生き方は、sns等多くの意見が溢れる今において、他人に左右されないという点が素晴らしいからだ。


 とはいえ、絡みたいとは思わないけれど。


 スマホを取り出す。メッセージが届いているので、返信する。


『16:30 喫茶レトロで』


 一人ぼっちでいる氷室さんを見ると、頷きが返ってくる。


 氷室さんが席を立ったのを見て、俺も立とうとするけれど、話しかけられてやめた。


「よお、刈谷。今日カラオケ行くけど、お前どうする?」


 そう声をかけてきたのはクラスメイトの山本。さっきの振り分けに従うなら、彼は二軍の男子だ。


 俺は何でも屋の倅として、目立たないようにしなければいけないため、モブらしく二軍と三軍をうろちょろしている。そのおかげ、というべきかどうかは甚だ疑問であるが、山本しかり友達はいて、遊びくらいには誘われる関係性を持っている。


「ごめん、用事があるからいけない」


「ええ。まあ、そっか。りょうかい」


「あ、ちょっと待って」


 去ろうとした山本を俺は引き止めた。


「なあ、七瀬さんってどんな人?」


 尋ねると、山本はニヤついて顔を寄せてきた。


「何だ、刈谷。お前、七瀬さんに惚れたか?」


 否定するのも面倒くさいので、そうそう、と答えた。


「あっさりしてんなあ。まあでも、やめとけ。俺らとは釣り合わない。高嶺の花とはあいつのためにある言葉だろ?」


「そりゃね。山本的には七瀬さんをどう思う?」


「七瀬陽南乃か。成績優秀、スポーツ万能。最高の容姿に、誰からも愛される明るくて楽しい最高の性格の女子。好きなのに気が引けて告白もできない男、振られた男も量産している女子で、凄いしかない」


「それはすごいな」


「まじで凄い。七瀬に親しい奴によると、あいつ高校入って10歳から64歳までの男女に告白されたらしい」


「ストライクゾーンがジェットコースターだなあ」


「身長は130cm〜200cmらしい」


「やっぱジェットコースターじゃん」


 話はずれたが七瀬陽南乃という人間に俺と他のやつに認識のちがいはない。もちろん、昨日の記憶を消せばの話だ。


 あれ? 思い出して、震えが……。


 考えはよそう。やめよう。やめましょう。


 続いて俺は、氷室さんのことを聞くことに決める。


「七瀬さんのことは諦める。山本は氷室さんのことをどうおもう?」


「恋愛感情、軽すぎないか?」


「軽い」


 そう言うと、冗談だとわかったのか、山本は笑った。だが、すぐに、でも氷室さんか、と曇らせる。


「可愛いのは間違いない。だけど、クールな雰囲気だし、高飛車って感じがしてとっつきづらい。まあそれでも、あの美貌だから、告白する奴はいるよ。冷たく断られてたけど」


「山本的にはあり?」


「なし。冷たいのは多分、人見知りとか、コミュニケーションが苦手なだけなんだろうから、それが問題じゃなくて……」


 山本が龍ヶ崎に目を向けた。


 声にしなかった続きは『龍ヶ崎のグループだったから、それに最近一人だから、関わるのに難色を示す』という旨の言葉だろう。


「なるほどな。じゃ、二人とも諦めんわ。さんきゅ、山本」


「お前、ほんと軽い越えて、狂人みたいなこと言うな」


 そんな会話ののち、俺は席をたち教室を出た。


 約束の喫茶店へ向かいながら思う。


 氷室さんがどうして、七瀬さんに憧れるかはわかった気がする。


 だが、その依頼は変えなければならない。


 理由は単純。


 友達になろうと近づき、七瀬さんに正体がバレる未来が、怖くて怖くて怖いからだ。

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