side七瀬陽南乃


「送信、と」


 タッチしてメッセージを送る。


 思いのまま書いたから、日本語変になっちゃってるかも。


 でも仕方ないよね。吐き出さないと、全身の甘いそわつきで壊れそうなんだもん。


 だけどまだ足りない。


 恋の猛毒で手先がぴりぴりする。木苺のような柔らかい酸っぱさとささやかな甘みに、胸が窮屈になっている。そこから飛び出そうと高鳴る心臓が、胸の内を暴れまわっている。もどかしくて、もどかしくて、今にも叫びたい。


 ああ、また壊れそうだ。


 ベッドにダイブして、足をばたつかせる。


「うぅ〜、格好良かったよぉ」


 悪そうな人たちに囲まれた時、本当に怖かった。辺りには誰もいなくて、声を出しても引いてくれなくて。涙を流しても何にもならず、むしろ愉悦に浸らせるだけだとわかる無力感が悲しくて。


 本当に本当に怖かった時、彼は何でもないよこんなこと、と言わんばかりにあっさり助けてくれた。


 追い詰められていたからこそ、彼の安心感の虜になった。


 それだけじゃない。


 私は、性格とか容姿などで妬まれることや、変な感情を抱かれることが多い。だからいつも、何かしら悪い感情を向けられているかも、と常に小さく恐怖、常に小さく不安でいる。


 だからこそ。彼の安心感は喉から手がでるほどの魅力があって、それにほだされた。


 加えて、彼がくるみだと知って、もう堪えられなくなった。


 ゲームだけの繋がりしかない人。けれど、容姿や立場なんて関係ない、中身の繋がりがある人。私の中身と、ただの私と、ずっと楽しくいられる人。そして、とてもとても優しい人。


 自嘲の笑い声が出た。


 そんな人に落とされたのだから、もう無理だ。あらがえず、好きが加速していくしかない。


 ああ、好き。もう、好き。


 間接キスをしたことを思い出してぞくぞくする。


 抱きついた感触を思い出して、触れていた場所が熱くなる。


 耳に残る彼の声で息が荒いで、熱い息がはあはあと漏れる。


 熱病にうなされるよう。チョコレートのミストを浴びてるような甘さにくらくらする。


 お腹の奥が疼く。


 切なくて、切なくて、堪えるように唇を噛み締めた。


 それでも抑えられなくて、きゅっと枕を掴む。


 そしてその手が目に入った。


 彼が掴んでくれた手……。


 どうなっちゃうんだろう。


 ぶるりと体が震える。


 怖いくらいの甘美な誘惑。


 私は恐る恐る手を下腹部に滑り込ませた。



 ***


 窓の外。空が白んできている。


「はあ、やっとおさまった……」


 もわっとした空気を入れ替えるため、窓を開けた。


 スマホを手に取る。彼からの返事は……ない。


 どうしたんだろう? 事故に巻き込まれたのかな?


 不安にパニックになりそうになったけれど、冷静さを取り戻す。


 多分、気づいてないだけ。


 それかもしくは、スマホに何かあったのだろう。


 だとしたら、連絡が取れないということで、彼に会うためには探さないといけないわけだ。


 一瞬目の前が暗くなったが、昨日、ひっかかっていたことを思い出す。


 遅刻なんてしたら、皆を失望させちゃうよ。という言葉。


 あれは、もしかして、私が優等生なのを知っていて出た言葉ではないだろうか?


 それに、私に先んじて歩き始めた方向。普通なら駅方面に向かうだろうに、そうではなかった。


 つまり、学校の位置、飲み屋街にいたことから、大体の住所に目星がついていたのではないか?


 だとしたら、学校での私を知ってる? もしかして、くるみは同じ高校の生徒?


 見た目からは大学生の雰囲気しかなかったけど、ありえないわけではない。


 口がだらしなく弛む感覚。


 だったら、毎日ずっとイチャつける。彼の女の子になれれば、さっきまでみたいに、いやもっと激しく甘美な……。


 希望的観測にすぎない。だけど、探す理由としては十分。


「ガラスの靴を落としたのは、王子様だったみたい」


 声は、甘く熱い吐息と共に漏れた。



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