海まつりを無双せよ18


 安っぽいプラスチックの容器に入ったラーメンを割り箸で食べる。醤油ベース、煮干し出汁の濃い味のスープが、ツルツルもっちりとした麺に絡んで美味しい。小さい正方形の海苔も、薄いナルトも美味しくて、祭り屋台のラーメン特有の味にこれだよなあという安心感にほっとする。


「仮設式のちゃっちいベンチと机で食べるラーメン。やっぱこれだよねえ〜」


 嬉しそうにホクホクする七瀬さんは、宣言通りそんな姿ですら祭りに映えていた。男たちは言わずもがな、浴衣のカップルは彼氏を差し置いて彼女が立ち止まるし、祭りの様子を撮影に来たカメラマンたちには撮影交渉されるくらいだ。


「さて、と。次、行こうぜ、刈谷くん」


 なんてクソガキなセリフも祭りの七瀬さんに似合う。


「射的!! 眉間にぶち込んでやる!!」


「あんな可愛い人形にはやめたげてよ」


 からんころんという下駄の音を耳にしながら、からからと笑う。


「おっ、ヨーヨーやろうよ」


「いいねえ! 8小節? 4小節?」


「YOYOってラップバトルには挑んでないかなあ」


「寒いネタすぎて私が言っておきながら恥ずかしくなってきた」


「乗ったんだからそういうことは言わないでくれよ」


「あはは!」


 提灯に照らされた笑顔は眩い。


「あ、あのゲーム欲しかったやつだ。くじ引きやろうよ、刈谷くん」


「いや絶対当てるより買った方がいいって」


「えー。今、ネットでいくらだっけ?」


「そう高くないと思うよ」


「いや当てた方が安い。何回以内に当てればいいんだろ?」


「当たればね。一応、ネットショッピングで見たら……うん、20回以内に当てれば安いよ」


「20回しかないの!? 嘘だ! 見せて!!」


 なんて、ざわめきに混ざるみたいにはしゃいだ。


「あざっした!!」


 景気の良い声とともに渡された紙袋を七瀬さんは笑顔で受け取る。店から離れて袋に手を入れた七瀬さんは茶色いお菓子を摘み出した。


「ん〜、あまうまぁ〜」


 丸くふわふわしたベビーカステラ。ちょっと焦げ目がついて砂糖の香ばしい香りが鼻腔につく。甘い香りが離れないけれど、特に気にならない。ここのところずっと甘い空気が纏わりついていたからだろう。


「はい、刈谷くん」


 摘まれたベビーカステラを口元に差し出される。受け取ろうとしたけど、片手にはヨーヨー、もう片方の手はラムネ瓶で塞がれていて、何の気なしに口で受け取る。細く綺麗な指が口元に触れて急に意識してしまい、心臓が高鳴る。どくどく、バクバクと大きな音が聞こえないかの不安で、カステラの味がしない。


「どう? うまいっしょ?」


 まるで自分が作ったかのように得意げな顔の七瀬さんから目を外すように頷く。また鼓動が早まったような気がする。俺の唇に触れたことなど気にせずまたカステラを七瀬さんが摘み、潤んだピンクの唇の奥に吸い込まれて行ったのだから尚更だった。


 きっとカステラだけのせいじゃないパサパサになった口の中をラムネで潤す。しゅわしゅわと痛いくらいに弾ける炭酸をごくりと飲み干すと、途轍もない爽快感を味わう。


 祭りの音が聞こえる。ざわざわとにぎやか。加えて遠くから砂浜のステージの音。F1の会場にいるときみたいに体内に祭りの音が響く。そしてそれがどうしようもなく高揚する。


 食べながら歩くとふと会話が途切れた。一度、言葉がなくなると隣を見てしまう。絶世の美少女と言うにふさわしい七瀬さんの顔が目に入り、何も言えなくなった。


 高揚感があるのに静寂。そわついてもどかしくて仕方ない。


「ねえさ、刈谷くん」


「えっと、何?」


「青春って何だと思う?」


 不意の質問。何を思ってか知らないけれど、答えはすぐに出た。


 きっと今のこと。


 だけど無性に恥ずかしくて口からは出なかった。


「私はだけどね〜、きっと青春ってもの自体はないような気がするんだ」


 こう否定されるのを恐れていて言わなくて良かったと思ったが、続く言葉で考えが変わる。


「ただ刹那の輝きが私たちの年代に訪れたときにそう呼ばれるだけ。夏といえば花火、だけど春夏秋冬、朝昼晩、花火は花火、みたいな感じ」


 刹那の輝き、か。春夏秋冬、朝昼晩、花火は花火、か。


 青春と呼ばれるだけで、刹那の輝きが青春の正体ならば、それはきっと今が終わっても続くのではないだろうか。


「刈谷くんさ、ここ数週間どうだった?」


「えっと楽しかったよ」


 それはもう刹那の輝きの連続だった。


 そう。刹那の輝きの連続。


 刹那なのに連続とはなんぞや、という話ではあるけれど、そうとしか言い表せない日々だった。


 真意を図るようにじ〜っと可愛すぎる顔で覗き込んでくる七瀬さんが


「私も!!」


 にひっと笑い続ける。


「じゃ、私はもう仕事は終えたかな。あとは雪菜に任せるよ」


 よくわからない流れの中、よくわからないことを言って七瀬さんはバイバイと手を振って去っていく。


 後ろ姿を眺めて立ち尽くしていると、服の裾を引っ張られた。


「刈谷くん」


 裾を引っ張ったのは、浴衣姿の氷室さんだった。


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