海まつりを無双せよ17


 ぴーひょろろ。とんとことん。


 実際には鳴っていない縦笛と太鼓の祭囃子が聞こえてきそうな光景。


 空は日が落ちきる前の紺色、一番星が輝く時間。屋台の豆電球と提灯の橙。祭り色と名付けてもいいような色が目に飛び込んでくる。


 焼きそばに、イカ焼きに、りんご飴。綿菓子、唐揚げ、フライドポテト。玉せんに大判焼きに、ベビーカステラ。屋台の前を通るたびにいい匂いがしてどれにしようか心が躍る。


 子供がくじ引きで一喜一憂するはしゃぎ声。出会った友達に挨拶する嬉々とした声。あれ買って欲しいと猫撫で声に、はぐれた親を探す泣き声、子供を見つけた安堵の声。


 ひしめく露天のどこからも景気の良い声が聞こえてお祭り騒ぎ。


 行き交う人は多く、物販の列に並んでいるかのように隙間がなくて歩みは遅い。けれど、こんなちょっとした不快感も祭りの醍醐味といえばそうだろう。


 浴衣やデート服。柔らかな色が目の前を過ぎては来るを繰り返す。ドローンを飛ばして上から見ると、花々が水の上を流れるような光景になっているに違いない。それかスーパーボールすくいか。


「祭りだーーー!!」


 わー。と七瀬さんがジェットコースターに乗った時みたいに手を上げる。


 最後の仕事が終わり、休憩が回ってきた。


 今は二人。氷室さんは先に休憩があったので合流するのは一時間後くらい。それまでの時間は七瀬さんと二人きりだ。


「ねえ、刈谷くん。どこ行く?」


「氷室さんは何かしら食べたあとみたいだから俺たちも食べておこう」


「了解!」


「うん。七瀬さんは何か食べたいものとかある?」


「あるある!」


「何?」


「屋台のラーメンかうどん」


「渋いねえ」


「祭りは安っぽいラーメンとかうどんが一番美味しんだから」


「わかるけど……」


「ん? 刈谷くんはあんま好きじゃない?」


「いや俺も美味しいとは思うけど……」


「けど?」


 七瀬さんを見る。


 服装は黒のノースリーブのワンピース。大人の上品さがあって、そのまま社交会に出るドレスと言われてもおかしくない。晒された肩は美しい曲線を描き、肌は陶器のように滑らかで日差しが閉ざされた国の住民のように白い。ただ健康的な美は損なわれていないし、むしろ極まっていて直視できない。


 いつもより大人っぽく綺麗な七瀬さんだけれど、本人の青春キラキラ感は祭りの景色に溶け込めるくらいマッチしている。きっと何しても似合うのだろうけど、周囲の人間はりんご飴をちろちろと舐める姿や、片手にヨーヨーか金魚すくいの袋を持っている姿を切望しているに違いない。


 だから、ちゃっちいラーメンを食べさせることに迷いが出てしまう。


「もっと祭りっぽいものの方がいいんじゃないかな〜って」


「映えるから?」


「そう」


「あはは! いいのいいの! 私は何やっても映えるんだから!」


 さっ、行こ!


 と一歩踏み出す七瀬さんの笑顔は絶世の美少女のもので、祭りの喧騒に踏み入る足が半歩止まった。





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