海まつりを無双せよ20
大谷さんに連れられて俺と氷室さんはステージ裏に来ていた。
「ステージのラストを張るバンドのボーカルが倒れちゃったんだって!」
仕事の最中だった七瀬さんが俺と氷室さんに駆け寄ってきた。
「あーもう、どうじよう!! 元々、フェス誘致のための海まつりだったのに、中止になったらこの世の終わりだぁ!!」
頭を抱える大谷さんは言い過ぎではあるけれど、あながち間違ってもいない深刻な事態だった。
『どうしたらいいの?』
『早くバンドが出ないことへの放送しないと』
『おい、このバンドを見に来てる客だっているんだぞ!』
『でもしょうがないでしょ!』
『私たちが頑張った海まつりが失敗に終わるの?』
『ええ!? 嫌だよ!! こんなに頑張ったのに!!』
はあ。と内心ため息をつく。
突然、熱中症で演奏中止。
こんな無理難題を苦しんで解決するのが刈谷の仕事だ。
「大谷さん、バンドの方々のところへ案内してもらえますか?」
ずびずびと鼻をすする大谷さんのあとについて、冷房の効いた室内へ移動する。楽屋になっていた施設の一室では、ベッドに横たわる男性と周りを囲む三人に声を掛ける。
「時間がないので、いきなり失礼します。皆さんは演奏に支障はありませんか?」
俺の不躾な問いに目を丸くしながらも答えてくれる。
「えっと、そりゃ……」
「なら俺が歌います。背格好、姿勢、顔もメイクすれば無理はなさそう。だけど念入りに、大谷さん、今すぐカメラ撮影の類は禁止のアナウンスを入れて、スタッフに対処するよう……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなお前、無理だろ!」
アカペラで歌ってみせる。バンドの曲はゲストに決まったときに下調べ済み。完璧な声真似に、バンドメンバーは目を丸くした。
「刈谷……か」
ベッドで寝ていたボーカルの人が呟いた。
「ご存じで?」
「ああ。俺はここが地元だ。今回の祭りも関わってるって聞いて、依頼を受けたんだ」
「なら話が早い。俺がゴーストシンガーになります。いいですね?」
「ダメだ」
眉間にシワがよるのを感じる。
「俺が歌わなきゃ、俺たちのバンドじゃねえ。ファンに申し訳がたたねえ。それに」
「それに?」
「そんな方法じゃあ輝かねえ。刈谷が無理難題を解決するその瞬間、どでかい花火のような刹那の輝きを放つ。俺はそれが見てえからここに来たんだ。見せてくれよ、刈谷の仕事をよ」
「何を言って……」
そのとき、部屋の扉が開く。
「あ、あの! 私たちにお手伝い出来ることはありませんか!?」
入ってきたのは氷室さんと七瀬さん。
「お手伝いって君たちに出来ることなんて……」
そう濁す大谷さんに、氷室さんは言った。
「でも私! お祭りが失敗するなんて絶対に嫌なんです!!」
「えと……」
「何かないですか!? 例えば! 私たちが歌って回復までの時間をつなぐとか!!」
はっきりと耳に残る大きな声。
強い意志の光を持った瞳。
風雨にも負けない堂々とした姿勢。
依頼を受けたときにはどれ一つもなかった。
どれ一つも似つかわしくなかった。
なのに。
どれもが氷室さんにしかないと思えてしまう。
「んだよ。もう仕事完了済みなら言っとけよ、刈谷。俺が嫌な奴みたいじゃねえか」
けらけらと笑ったボーカルは、メンバーにすぐに準備をしろと急かした。
***
砂浜に集まったひしめく観客はステージに向けてざわついていた。
「予定時間から遅れてるけど大丈夫なの?」
「ボーカル見てないけど、何かあった?」
「ちゃんと聴けるんだよね? 私、県外から来たんだけど……」
ステージに向かう客の一番後ろから辺りを窺うと、皆が不安げな面持ちなのがわかる。
ここで演奏の中止をアナウンスしたら汚い野次や落胆の声で溢れ返るだろう……普通なら。
「みなさーん! すみません! 諸事情で遅れてますのでもう暫くお待ちいただけますでしょうか?」
そうステージに現れたのはマイクを持った七瀬さん。
遠くからでも圧倒的美少女だとわかる。ステージに近ければ近いほどその顔は鮮明になるので、早くに並んでいた前方の客から何の文句も出なかった。
「ただ皆さんをお待たせするのは申し訳ございませんので、前座を務めさせていただきます!」
七瀬さんがそう言うと、バンドメンバーが入場して各々楽器を鳴らし始める。
「皆さんはこの一日いかがでした? お祭り楽しみましたか? 私は楽しみましたよ! ラーメン、綿菓子、焼きそば、カステラ……え? 食べすぎ? これでもあの屋台のラーメン二杯目我慢したんですよ!」
音の調整をしている間、七瀬さんが小気味の良いトークでつなぐ。
会場はじわじわと温められていき、演奏への期待感が膨らんでいくのを感じる。
音響さんとメンバーの間でオーケーが出ると、七瀬さんはメンバーとアイサインを交わした。
「皆さん、海まつりは誰と来ましたか? 家族? 友達? え、何? 恋人? いいですね! 浮かれてて!!」
笑い声が上がる。
「あはは! お祭りって浮かれますよね! でも浮かれた今だからこそ伝えられることもあると思うんです! 日頃の感謝とか、謝りたかったこととか、まあそんなんはいいです」
また上がる笑い声にかぶせて七瀬さんは言った。
「告ってないなら告っちゃえって!」
それと同時に演奏が始まって会場が盛り上がる。
曲はスティーヴィーワンダーのface。
このバンドの曲でもないし、名のあるバンドにカバーさせることに罪悪感を覚えてもおかしくない。
けれど会場はお構いなしに盛り上がる。
腕を振り、飛び跳ね、体を揺らし、踊る。
皆、ステージに向けて煌めいた目を向ける。
演奏が終わると、マイクの持ち主が変わる。
新たなボーカルは浴衣姿の氷室さん。
彼女の美しさに皆が吸い込まれるように視線を向ける。
俺も同じく目を向けると、ステージ上の氷室さんと目があった気がした。
「歌わせていただきます。radwIMPZでもしも」
曲が始まる。
観客は一音一音聞き逃さぬように聞き入り、イントロが終わると、痺れを切らしたかのように莫大な歓声が上がった。
会場は熱狂する。
曲に暴れるように観客は騒ぎ飛び跳ね踊る。
誰もが氷室さんに夢中だった。
彼女の声を聞いているだけで涙が出そうになる感覚がある。
ずっと辛い思いをしてきて、死ぬことまで考えていた少女。
日陰から日向に出ようとあがいて、あがいて、あがきまくって、今ステージ上の彼女がいる。
大勢の観客を虜にして精一杯声を振り絞る姿は、燦然と輝く星のように眩かった。
感動に震える。視界がぼやける。
あぁそっか。これが刈谷の仕事なんだ。
刹那の輝きの連続。
きっと人生はそういうものなのだろう。
俺は観客にまざり、星に手を伸ばすように、ステージに向けて腕を振った。
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