海まつりを無双せよ8


 ファミリーレストランの角の席。オレンジジュースをちゅるちゅる啜る陽南乃ちゃんを前にして、肩を縮込めていた。


「さ、雪菜。洗いざらい話してもらおっか?」


「は、はい」


 どうしてこうなったのかは、三十分ほど前に遡る。


 ***


 刈谷くんが防波堤を去った後、私は一人泣き腫らした。


 自分を助けてくれた人、初めての本当の友達、一緒にいると楽しい人。


 そして、私の好きな人。


 彼が、刈谷くんが、もう一ヶ月で離れ離れになることに涙が溢れたのだ。


 離れ離れ、といっても、彼は近くにいる。ときには言葉を交わすこともできる。


 だがそれが逆に辛い。


 眼の前にある何より大切なものは掴もうとすると手からするりと抜けていく。


 水を掴むような空気を握るような、そんな感覚で、いくら必死になろうとも私にはどうすることもできない。その事実が苦しくて、その心が苦しくて涙がまた溢れる。


 彼は、もしかしたらそうならないかもしれない、と言っていた。


 一縷の望みに縋るしかないけれど、一縷の望みに縋る氷室雪菜はもういない。


 友達であれ、何であれ、自ら掴み取りにいかなければ何も手に入らないことは、この刈谷くんとの日々で知っていた。


 きっとこのまま何もしなければ、私は刈谷くんと離れてしまう。


 危機感と焦燥感。でもどうすれば、という無力感に、また涙が溢れる。


 出会ったあの日。私はここで泣き叫んだ。


 辛い、もう死にたいと。


 それが子供の駄々のように思えるほど、今は苦しくて仕方なかった。


 涙が視界を埋め尽くし、海がせり上がり水中にいる感覚。えづいて、咽いで、溺れてしまいそうで、このまま海に飲み込まれそうで。


 だけどそれでも死にたくはなくて、それが刈谷くんが与えてくれたものだと気づいて、余計に溺れる。


 ……そんな私の腕を誰かがぐいと引いた。


「さあ、雪菜。話せるところに行こっか」


 海から引きづり上げたのは私のもう一人の友だちだった。


 ***


「さ、雪菜。洗いざらい話してもらおっか?」


 陽南乃ちゃんに連れられて近くのファミレスに来た。


 私が落ち着くまで、陽南乃ちゃんはフライドポテトをつまんだり、ジュースをすすったり、静かに待ってくれた。


 陽南乃ちゃんという存在に温かさを感じる。


 親友に隠し事をしたくなくて話そうとしたが、刈谷くんに口止めされていることを思い出す。


 何でも屋、という部分だけ隠そうとしたけれど、陽南乃ちゃんは言った。


「何でも屋の部分も知ってるから、ちゃんと話してね」


「そうなんだ、実は……」


 一時間以上かけて今までのことを話した。


「ふんふん、なるほど。今まで雪菜は刈谷くんに助けてもらってきて、海まつりが終わるとその刈谷くんはフェードアウトしちゃうわけだ」


「えっと、そうなるかな……」


「そんなの許さないかな♡」


 底冷えするような声に昏い愛情を感じる笑顔。


 目を擦ると、そんな陽南乃ちゃんはいなくなっていた。


「まあでも、そっかぁ。何かしないと逃げちゃうか。逃げ癖エグいし」


「陽南乃ちゃんはどうすれば刈谷くんがいなくならないかわかる?」


 きっとこの頭が良い友人なら何か良案を持っているとそう聞いた。


「それは雪菜が考えるべきことだと思う」


「え……」


「無責任に言ってるわけじゃないよ。刈谷くんは雪菜が大丈夫だと思って、身を引いた。だったら、雪菜は一人で考えて動くべき。それをするだけの能力があるんだから」


「そう、なのかな」


「うん。今度は私からの質問、雪菜は刈谷くんのことが好きだよね」


 芯をつかれた問に息が詰まる。心臓がバクバクと鳴り出し、顔に熱が上ってるのを感じながら声を出す。


「す、好きです……」


 陽南乃ちゃんは、ふう、と息をついた。


「私もここんとこずっと悩んでたけど、答えが出た」


「え?」


「結局、刈谷くんみたいに何もしなくても離れることだってあるんだ。だから、雪菜と離れたくないから何もしない、なんて馬鹿らしい」


 陽南乃ちゃんは伝票をつまんで立ち上がる。


「雪菜、私も刈谷くんのことが好きなんだ」

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