とにかく明るいヤンデレ七瀬陽南乃との出会い
家から出て駅まで歩く。
メッセージアプリを開いてみるが、氷室さんからの通知はない。
オフ会があるから、夜以降しか返事できない、と言ってあるので当然か。
代わりに別のアプリを開いてみると、メッセージが届いている。
『おはよー! 今日楽しみにしてるからー!』
送り手は、ゲーム友達のsun。今の時代、ゲームで勝たせてくれ、なんて依頼があるかもしれない、という理由でさせられたゲームで出会った友達だ。
そんなsunとオフ会することになっている。正直何でも屋を始めたからには、目立ちたくないので、断るべきだったかもしれない。
だけどsunは、ゲームに不慣れだった俺に、一から操作や立ち回りを教えてくれた恩人で、楽しみにしているところを断るのはしのびなかった。それに、sunは明るい奴なので、一緒に遊んでみたいという願望もあり、オフ会に行くことに決めたのだった。
とはいえ、素性を明かすわけにはいかない。メイク、ヘアセット。人気のドメブラのアイテムを中心にしたコーデで、お洒落大学生っぽい感じに変装している。
スマホのインカメラで自分の姿を見てみる。うん、自分ですら、誰? という感想だ。俺を見て、普段ザ・モブって格好をしている刈谷優だとは、誰も気づかないだろう。
「まだちょっと時間があるな」
駅前のアーケードにたどり着いたのは13時半。待ち合わせは14時なので、少し早い。
このまま繁華街を突き抜ければ、駅までは最短だけれど、混雑している道を避け、遠回りすることに決める。
脇にそれてしばらく歩くと寂れた飲み屋街に入った。閑散としているはずのそこは、剣呑たる空気が漂っていた。
「やめてください!」
女の子の悲鳴が聞こえてみると、ヤンチャそうな大人4人に囲まれている。
「なあいいだろ、俺たちと遊ぼうぜ?」
「嫌です! 離してください!」
酔っ払いによる強引なナンパ。テンプレートすぎて少し冷めてしまうような展開。
物語の主人公ならここで助けに入るのだろうが、俺は目を合わせないように脇を早歩きで抜けることに決める。
が、足を止めた。
折角のオフ会なのに、見捨てたってことが尾を引いて楽しめなかったら、sunに悪いよな。それに、辺りには俺しかいなくて、誰も通報していない可能性もある。
仕方ない。人目もないから目立たないし、ちゃっちゃと解決して行こう。
スマホを取り出して様子を撮影しながら、忍び寄る。そしてジーパンの後ろポケットにある長財布を、手品の修行で鍛えた手癖の悪さで引っこ抜き、免許証を取り出した。
「田中龍司さん、23歳、住所は○○市の○丁目○番地在住」
そう言うと、驚いた様子でチンピラたちが振り返った。
「何だよ、お前! 返しやがれ!」
普通の反応すぎる。俺だって、財布すられて免許証読み上げられたらそうなる。それかドン引くか、と思ったら、怒鳴った男以外は普通に引いていた。すごく恥ずかしい。
俺は照れが顔に出ないよう堪えながら、財布と免許証を返す。
「え」
あまりにもあっさり返したので、チンピラたちはキョトンとしている。
今のうちに、とチンピラたちを避けて、女の子の手を引いた。
「あ、え?」
戸惑う女の子に、逃げよう、と言って駆け出すと、女の子も走った。
「待てや!」
なんて声と足音が背中に届いたので、走りながら答える。
「名前と住所覚えてるんで、追ってきたら警察に言います。snsにもあげます。なんで見逃してください」
ぴた、と足音が止まったのを確認してなお走り続け、繁華街に出た。
人通りが多いし、もはや危険はないだろう。
「もう大丈夫かな」
そう言って、女の子の顔を見た。
背筋が凍る。
外はねの黒のボブカットは可愛らしさと清潔さに好感を抱く。丸アーモンド型の大きな瞳は黒目もくりくりと大きくて、見つめられると吸い込まれそうになる。ラインが綺麗な鼻とグロスで濡れた艶やかかつピンクで可愛らしい唇が、小さな顔に最高のバランスで配置されていて、綺麗と可愛いの頂点なんじゃないかと愚考させられる。
背丈は高くないし華奢だが、それを思わせない色っぽい体つき。一目で柔軟性があるとわかるしなやかな腕に脚に腰。胸はグレープフルーツサイズと少し大きいのに対して、お尻はこぶり。
彼女から醸し出す雰囲気は明るく、向日葵や青空、ビーチなんかがよく似合いそう。見た目の清純さ、健康さ、と合わさって、カル○スのCMに出ていてもおかしくないような美少女。
そして、見た目通りリア充の頂点のクラスメイト。
七瀬陽南乃だ。
「あの、助けてくださったんですよね?」
「あ、うん」
まずい。刈谷優だとはバレたくない。氷室さんの依頼が未だ決まっていない以上、バレると何か支障が出るかもしれない。例えば、氷室さんが皆と打ち解けたいなんて依頼をしたときに、俺が青鬼役しても影響力のある七瀬さんに悪い奴じゃないと言われては意味がなくなる。他にも、色々なケースで支障が出ることが予想できる。
ここはバレないうちに、さっさとずらかろう。
「じゃあ、この辺で」
そう言って、繋いでいた手を離そうとした……が、がしりと掴まれていて離れない。
「あ、あの、手を離して……」
「本当にありがとうございます!」
「うん、それはいいから、離し……」
「すごく、すごく、格好良かったです!」
どうして、どうして、離してくれない!? 余計力強くなってるし!
表情から汲み取ろうと見ると、茹だったような顔。頬が紅潮していて、目はとろんと蕩けている。
なんだか、カラメルソースを作っている時のような、甘く濃い香りが漂ってきたような気さえする。
惚れられた? いや、恋愛感情も俺は学んできている。それにしては、余りに強いというか熱いというか濃いというか粘っこい。
「あの、お名前をお聞きしてもいいですか?」
さっきとは別の感じで、背筋に冷たいものが走る。
絶対に教えてはならない、と本能が警鐘を鳴らしている。
「くるみです」
咄嗟に偽名を名乗った。だが、それが一番の悪手だった。
「くるみ? もしかして……?」
そんなまさか。嘘だと言ってくれ。
そう願って尋ね返す。
「sunなの?」
無情にも七瀬さんは頷いた。
「うそ、こんなことあるんだぁ」
と嬉しそうに言って舐るような視線を向けてきた七瀬さん。
俺も内心で、うそ、こんなことあるんだぁ、と涙を流した。
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