とにかく明るいヤンデレ七瀬陽南乃との出会い2

『オフ会どこ行く?』


『喫茶店とか?』


『いーねー! オシャレなカフェとか……あっでも、くるみは照れちゃうんじゃない?』


『なんでさ』


『だって多分、周りはカップルだらけだよ? 私は気にしないけど、きっと視線集まっちゃうよ〜?』


『どうして視線が集まんのよ?』


『私が可愛いから、つりあってねーって』


『見たことないのに俺の容姿を決めつけてるな?』


『あははは! でも、違うの?』


『違わなくないけど』


『やった正解だ! それにくるみも正解してるよ?』


『可愛いからってとこに反論しなかったから、俺もsunを可愛いと決めつけてるって言いたいんだろ?』


『読まれたかぁ。くるみ、もしや名探偵か?』


『バレたか』


『お見通しよ、ってあははは。てかさ、カフェはやめようよ』


『心変わりが急だなぁ』


『だってさ、一生喋れちゃうじゃん私たち』


『たち、というか、sunが一生喋れる人間なだけな気がするけど』


『そうかもね。でも、一生喋れるのは変わらないじゃん。だからさ、カフェはやめよ。ずっと喋ってるのも迷惑だよね?』


『それはそうかな』


『うん、だからカラオケにしよう。あ、個室で二人だからって、変なこと考えんなよ〜』


『考えません』


『それはそれでムカつく! こっちはちょっと良いかもとか思ってんのに!』


『じゃあラブソングでも入れてあげようか?』


『いらな〜い! 男臭い曲ばっか入れてやるから後悔しろ〜!』



 ***


 というのが、昨日、アプリで通話した内容。


 宣言通り、カラオケに二人で入ったんだけど……。


「ねえ、sun。ドリンク淹れれないから手を離してくれない?」


「ん? 私が淹れるからいいでしょ?」


「いや、それじゃ一つしか入らないから」


「それでいいよね」


「ダメだろ、俺の分がない」


「共有するからあるでしょ」


「共有する必要性は?」


「何言ってん! ドキドキするからに決まってるじゃん! あ、ストローも一本ね!」


 そんなことを清純美少女の七瀬さんに言われたら、ドキドキするはず。だけど、七瀬さんの息が荒いでいたのを見逃していないので、ヒヤヒヤしかしない。


 落ち着こう。今は冷静になる時間が必要だ。取り敢えず、手は離したい。


「ごめん、ちょっとトイレ行きたいから、先行ってて」


 そう言うと、七瀬さんは不満げな声を漏らした。


「えー」


「えー、じゃないって」


「わかったよぉ、仕方な……」


 七瀬さんの視線が下にいく。少しして上がってきた顔は紅潮していた。


「私も行っちゃ……ダメ、かな?」


 ねだるような甘い声を出した七瀬さんに即答する。


「ダメに決まってるでしょ、そりゃ」


「あはは〜、だよね〜。じゃ、先に部屋で待ってるよ〜」


 ようやく手を離してくれた。無理にほどいて気まずくなりたくなかったけど、無理やりほどいてもよかったかもしれない。


 そんなことを思いながら、トイレに入る。


 扉が閉まると洗面台に手をつき、安堵の息をついた。


 助けた女の子が実はゲーム友達のsunで、クラスメイトの七瀬陽南乃だった。このことについては、それほど驚きがない。学校でも七瀬さんは明るく、ボイスチャットのときと何ら遜色ないからだ。


 驚きなのは、助けて惚れられたかもしれないということ。いや、もうここまできたら、惚れられたと言い切って良いだろう。


 助けただけで、ここまで好意を向けられるなんて思いもよらなかった……。


 七瀬さんに惚れられるなんて天にも上るくらい嬉しい。が、それを、怖い、が悠に上回る。


 怖い理由はわからない。ただ、暗闇に怯えるような、何となくの怖さがある。


 いやいやいや。好意を向けてくれているのに怖がるのは失礼だ。どうせ、今日1日だけ。遊んで楽しかった、程度の思い出をもって帰ってもらおう。


「よし」


 と自分を鼓舞して、部屋へと向かう。


「あっ、やっと帰ってきた」


「うん、ごめん。やっとって言うほどではないけど」


「はよ曲入れないと、私ばっか歌っちゃうよ〜」


 曲が流れていて、七瀬さんは歌い始める。声も良い。特別上手いってわけじゃないけど、明るくて楽しい雰囲気が伝わってくる。


 そうだよ、sunは七瀬さんはこういう奴だ。変に考えるのはよくない。


 俺は二つ分かれたソファーの片方に座って、デンのモクを操作する。


 はてさて、七瀬さんは何を入れているのかな? 


 と予約された曲を見る。


 ラブソング、しかもちょっとえっちな曲のタイトルがずらりと並んでいた……。


 ひっ、という声が出そうになるのを必死で抑える。


 よく聞いていると、今歌っている歌もラブソングだ。


 き、昨日は、『男臭い曲ばっか入れてやるから後悔しろ〜!』なんて言ってたのに……。


「あ〜、歌ったぁ〜。どう、私の歌声は?」


「歌声は良かったよ、歌声は……」


「あっ、下手ってことでしょ! 辛辣!」


 そういうことではない。全くそういうことではない。


「よし、じゃあ、次は割り込みでくるみが……くるみって本名何?」


 七瀬さんはソファーに手をついて四つん這いになり、下から覗き込んできた。


 美少女のそんな姿は艶かしく蠱惑的であるけれど、本名を知られたくない、という恐怖が勝つ。


「いや、くるみにしようよ。今更sunにその名前以外で呼ばれたくない、そっちの方がゲーム友達って感じで、友達って感じで、ほらいいじゃん。素性知れるとさ、年上だからとか年下だからとか気にしなくちゃだろ? だからただのsunとくるみで仲良いゲーム友達のままでいようよ」


 恐怖に少し早口になって捲し立てた。


 七瀬さんは唇を尖らせ、あからさまに不満げだが、「わかった。名前は諦める」と言ってくれた。


「じゃあえーと、曲を入れないと……」


 と話を戻した時、ぴとっと肩を寄せられる。


「近いんだけど……」


「だって見たいんだよ〜、何選ぶのか見たいんだよ〜」


 泣くような演技でデンのモクを覗き込む七瀬さん。その口元がえへへと蕩けているのがよく見えて、別の意図があるのは明らかだ。


 ダメだ。いちいち、気にしていてはダメ。


 今日限り。もう気にしないことにして……。


「あっ」


 バランスを崩した七瀬さんが抱きついてきた。


 柔らかい感触と女の子の甘い香り。弱い痺れのような甘美な快感が走る。


 が、取り乱さず、七瀬さんに声をかけた。


「大丈夫?」


 そう問いかけると、七瀬さんは俺の胸に顔を埋めたまま、もごもご、と言った。そして七瀬さんの鼻がすんすんと動いたのを感じる。


 こいつ、匂いをかいでいるのか?


 俺は反射的に無理やり引き剥がす。


「あ〜もぉ、荒っぽいなぁ、れでぇーの扱い方〜」


「え、あ、ごめん」


 と謝ったことをすぐに後悔する。


 まるで大好物を食べた時かのように、七瀬さんは恍惚としていた。


 見ちゃいけない気がして、デンのモクに目を落とす。しばらく操作していると、ちょん、とマイクを唇につけられた。


「くるみ選手、選曲は決まりましたか」


 そして今度は自分の唇に俺の唇があたったところをつける。


「はい。十八番です」


 勝手にインタビューして勝手に答えるな、なんて突っ込む余裕はなかった。


 ……こいつ、ヤバい奴だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る