海まつりを無双せよ2


 教室に入ると、子犬が尻尾ぶんぶん振って駆け寄ってきた。


「刈谷くん!」


 褒めて褒めて、と言わんばかりに顔を蕩けさせて寄ってきた氷室さんを見て、軽く引く。


「どしたの?」


 入り口を塞がないよう、教室の後ろによれてそう言う。


「頑張ったんだよ!」


「はあ。何を?」


「何をって、メッセージ送ったよね!?」


 メッセージ……あぁ、カラオケの件か。


 たしかに、氷室さんにとっちゃあ、かなりの勇気を必要とする行動だろう。


「うん、頑張ったね」


「えへへ……」


 だらしなくふにゃあと口元を歪める姿に、以前の刺々しさは全くない。こちらを見るクラスメイトも、何も話は聞こえてないのに微笑ましいものを見たように笑っている。ちっ、くそが、と舌打ちを打ってる龍ヶ崎を除いてだけど。


 まだあいつは氷室さんに嫉妬しているのか。もう、いい加減吹っ切れろよ。


 なんて思っても、やびー奴には話が通じないのが基本。相手にするだけ、無駄というものだ。


「あ、そうだ。氷室さん話があるんだけど」


「話? 何かな?」


「その前に氷室さん学力ってどんくらい?」


 尋ねると、一気に顔が曇った。


「……よ、よくはないよ」


 本当に良くはないんだろう。まあでも、大丈夫か。


「わかった。勉強はまあ俺が教えるとして、これから7月30までの予定を空けておいて」


「えと、全然空いているし、夏休みは暇による寝過ぎで身長伸ばす以外することないけど、どうして?」


 悲しい話はスルーして、本題だけ話す。


「海まつりって知ってる?」


「知ってる……って!?!?!?」


「ん?」


「そ、そそ、そっかぁ。ふーん、へえ、あぁそう……えへ、えへ、あは、うふふ。だ、だよね〜、そっかぁ、海まつり……えへへえ〜」


 いや、何? そのキモい反応。


「も、勿論、行かせていただきます、といいますかぁ〜、へへへ」


「あぁそいうこと。誘ってるわけじゃないよ」


「え……」


「まあでも、それ以上かな。氷室さんには海まつりの運営に携わって欲しいんだ」


「うんえー?」


「運営」


「……運営!?」


 飛び上がるくらいに驚いた氷室さんはまくしたてた。


「無理無理無理無理無理! 私、学生だよ!? しかも、学生の中でも出来ないタイプの学生だよ!?」


「大丈夫。そんな大したことないやつだから。各学校の何人かを手伝いに、っていう無料労働力搾取みたいなもんだから」


「い、いや出来るかなぁ、私に?」


「うん。文化祭実行委員みたいなレベルだから気にしないでいいよ」


「そ、そうなんだ。でも、何で刈谷くんは募集してるって知ってるの?」


 それは昨日のこと。早速、俺は、海まつりの担当者何人かと話し合い、その結果、地域の学校の生徒も運営に混ぜさせよう、んで、ボランティアで雑用をさせよう、経費も浮くし、体裁的にも良い、となった。


 昨日のうちに各校へと連絡が行っているだろうし、今日のHRには募集の話が先生から出るだろう。


 ただまあ、そう言うと、面倒なので、


「まあお家の関係で」


 と濁した。


「はあ。凄いんだね、刈谷くん」


「凄いとは違うけど、まあどうでもいいや。それでどう、氷室さん? 夏の思い出には最高だと思うんだけど?」


「夏の思い出……お祭りを成功させるために、仲間と汗を流す。キラキラ、キラキラだぁ」


「で、どう?」


「やりたい!!」


「そっか、了解。じゃ、今日かかる筈の募集の時に手あげよっか」


「うん! 刈谷くんもやるんだよね?」


「まあね」


「そっか……そっかぁ、えへへ」


 だらしなく頬を緩めた氷室さんは、こちらまで頬が緩みそうなくらい可愛かった。


 何だか、今までより可愛く見える。何これ。


 甘い空気も流れていて、照れてしまったとき、氷室さんが、あ、と声を上げ笑顔になった。


「陽南乃ちゃん! おはよう!」


 振り返ると、ちょうど登校してきていた七瀬さんがいた。


「お、おはよう、雪菜……」


 絞り出したような声。酸っぱくて苦くて辛くて甘い食べ物を食べた時のような、引き攣った複雑な表情。


 なに、どういう感情?


 なんて問う前に七瀬さんは自分の席に行って、うつ伏せになった。


「ど、どうかしたのかな?」


「さあ? 俺たちも、そろそろ席につこっか」


「う、うん」


 と俺たちは席についた。


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