放課後を無双せよ、ただし七瀬陽南乃に正体バレしてはならない5


 ピンが吹き飛んだストライク。


 とんでもない光景を見て呆然としている俺と氷室さん。


「なになに〜? ボーリング上手くてびっくりした?」


「え、うん」


 七瀬さんは、そう答えた氷室さんの両手首を掴む。そして持ち上げ、離し、ぱちん、と合わせる。


「いえい!」


「あっ」


「ん? どした?」


「ハイタッチ?」


「そそ。誰かストライク取ったらこれしなきゃ〜」


「あ、嬉しい……凄い、凄い! 友達って感じが、キラキラって感じがする!!」


「あはは〜、喜んでくれたなら何より。つーことで、刈谷くんも、いえい!」


 七瀬さんがハイタッチの姿勢に入ったので、俺も手をあげる。が、七瀬さんの目の奥が光ったように思えて、慌てて手を下げる。


「七瀬さんとハイタッチしてるところ見られたら、嫉妬で呪われそうなのでしません」


「ええ〜、ノリ悪ぅ。まぁじゃあ、しゃーなしね」


 残念がる七瀬さんに、半笑いでごめんって、と謝る。


 が、それは全て演技。両者ともだ。


 きっと七瀬さんは、このハイタッチで、手の大きさ、形、感触等から、くるみかどうかを確かめにきてた。


 手相の件がなかったら、気にせずハイタッチしていたと思うと、酷く心臓に悪い。


「じゃあ次、刈谷くん! 頑張ってね!」


「うん」


 何とか平静を装い、自分のボールに指を入れる。


 レーンに立ち、ピンを前にボールを構える。


 ボーリング、か。


 プロ程度には投げれるけれど、あまり、ガチなのもどうかと思う。


 が、あまりに下手すぎると、興醒めさせる。氷室さんのボーリングの実力が見えない以上、勝負しようとかいう展開になってもいいような投球が必要。


 なら、一投目だけストライクを取っておくか。


 俺は上手くも下手でもない普通の投球フォームでボールをリリースした。


 カーブも何もかかっていないボールは、一番ピンの半身にあたり、全てのピンをはねた。


「お、やるじゃん」


「まあ多趣味だから。さ、次は氷室さんの番だよ」


「う、うん」


 妙に強張った肯定。緊張していることがありありとわかる。


「緊張しててわらう!」


 七瀬さんの言葉に、もう、と氷室さんは怒らない。少し暗い顔で言った。


「私、実はボーリングというか、運動が得意じゃなくて。2人とも凄くって、私ここにいてもいいのか……」


 なるほど。気持ちはわかる。ストライク2連続を見せつけられた今、そこそこ苦しい思いをしているだろう。


 2人ガチな中、混ざるのは気が引ける。スコアが凹んでいる1人がいれば、ボーリング場という性質上、悪目立ちしてしまう。加えて、友達2人に気を遣わせたら、と思うのも、しんどい。


「ボーリングなんてスコア高かろうが、低かろうが、楽しいものなのに。もったいな〜い」


 七瀬さんの言うことは正しい。が、これは強者の意見。氷室さんは楽しむことはできないだろう。スポーツは最低限できないとそのスポーツにならず、遊んでいないのと同じだ。


 こういうときに、やはり自分が一緒にいないとな、と思う。氷室さんがキラキラの青春を送るためには、フォローしてくれる存在が必要。それも、氷室さん第一に考えられるような存在。


 俺しかいないよなぁ。そんな存在。


 手離れするまでは、リスクであろうと七瀬さんと3人でいなければならない。


「じゃあ、氷室さん。ボウリングの投げ方を教えるよ。とりあえず、投げてみて」


「うん」


 氷室さんはひょこひょこと歩いて行き、ボールを重たそうに持ち上げて、えい、と転がした。ボールはレーン外に転がっていく。


「なるほど、わかった。氷室さん、ボーリングの経験は?」


「……小学生の時に一回」


「ええ〜! ならもっと投げることを楽しもうよ〜!」


「七瀬さん……そうだね! 投げたのは楽しかった! もう一投いく!」


「だめ、ちょっと待った」


 止めると、ぶーぶー、と2人から怒られる。が、気にせず、俺はボールをとってくる。


「このボールの方が軽いから、こっちを投げて。あとは、フォームだけど」


 と、ボールを置いて、レーンに立つ氷室さんの、細くて綺麗な脚を掴む。


「ひゃんっ」


「変な声出さないで」


「セクハラだぁ〜」


 うぅ、と唸る氷室さんと、うわぁ〜と引いた様子の七瀬さんを無視して続ける。


「俺の手から伝わる力に合わせて、足を動かしてくれ」


「え、ええ〜」


「重心がフラフラだから見てて怖いんだよ。猫の手にせず具材切ってるみたいにな」


「そ、それは怖い」


「セクハラ詐欺師だ! 氷室さん、脚を合法的に触ろうとしてるぞ、この男!」


「七瀬さんは怖くないの?」


「怖い!」


「なら、お静かに」


「は〜い」


 なんて会話があって、氷室さんに足の運び方を教える。意外にも要領がよくて、すぐに手を離しても出来るようになった。


「前足に体重をかけつつも重心を安定させて、遅れて手がきて、良いところでリリース。足で運ぶ感覚で、投げてみて」


 こくり、と頷いて氷室さんはボール持ち、そして投げた。


 体幹がぶれることなく投げられ、真っ直ぐに行ったボールはピンを全て弾いた。


「わっ、すごい! ストライクだ!」


「スペアだけど、いえい、いえい!」


「え? あ! いえい!」


 遅れて満面の笑みになった氷室さんは、嬉しそうにハイタッチを交わした。


「刈谷くん、ありがとう!」


「いや、たまたまだよ。次から普通にガーターも取ると思う」


「ええ〜」


「でも、これから全部ストライクかもしれない」


「どういうこと?」


「刈谷くんは、氷室さんが普通に投げれてるって言いたいんだよ」


「それは喜んでいいのかな?」


 七瀬さんは、明るい笑顔を浮かべた。


「喜べ! 何でも、喜んでおいて損はない!」


「そう? じゃ、じゃあ、やったー!」


 わーい、と手をあげる氷室さんが可愛い。


 まぁでも、俺と七瀬さんは上級者。普通に投げれたからといって、氷室さんの肩身が狭いのは変わらない。


 とりあえず、一ゲーム練習に投げてもらうとして、キラキラの青春になるような何かを考えとかないとな。


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