放課後を無双せよ、ただし七瀬陽南乃に正体バレしてはならない4
かこん、と小気味良い音が鳴り響くボーリング場。放課後は学生たちで溢れかえるそこだけれど、今日は混雑しておらず、二レーンのあきがあった。
へっほ、と8ポンドのボールを運ぶ氷室さんに声をかける。
「球を持つよ」
「いいよ」
「見てらんないから」
話しかけたせいで氷室さんは運ぶ途中で止まって、ぷるぷるしている。
「ほら。男の子に運んでもらうのもキラキラ感あるでしょ」
「そ、そいう、キラキラは、まだはゃいです」
面倒くさいので勝手にひったくる。
「あ」
「ほら、いこう」
「……うん!」
なんて、やりとりを見ていた七瀬さんはニヤニヤ囃し立ててきた。
「ヒューヒュー、もし彼氏が他の女にこんなことしてたら絶対殺す〜」
軽いノリ。そう捉えるには俺には重すぎた。
が、表に出しては、それこそ終わり。
平静を装え。
「これ、運んだら、七瀬さんのも運んであげるから。何ポンド?」
「やさしー。じゃあ、15ポンドをお願い」
「使わんでしょ」
「一回なげてみたーい」
仕方ないので、運んであげることにする。
ボールリターンに各自のボールが揃い、ドリンクバーからドリンクを持ってきて、投げ始める準備が整う。
「sunって、七瀬さん? それとも、刈谷くん?」
レーンの前に4人がけの椅子に座りながら、頭上のモニターに目を向けた。上から、sun、やゆ、氷室雪菜、のスコアボードが映っている。
「私。陽南乃の陽でsunにしてるんだ」
「へ〜、なんで本名じゃないの?」
「んー、こういうところで、個人情報バラしたくないからかな〜」
「ええ!? ど、どうしよう、私、しっかり本名なんだけど……」
「あはは! 冗談、冗談だよ! sunのが書きやすかっただけ!」
ほっ、と安堵の息をついた氷室さんは俺に声をかけてきた。
「刈谷くんはどうして?」
「かりやゆう、で、やゆ。俺は個人情報ばらしたくないから」
「うそつき」
「いや本当」
「え……」
何でも屋としては、こういうところにいた形跡も、少しでも残したくないのだ。
「ま、氷室さんは気にすることないよ。俺だから」
そう言うと、氷室さんは、ああ、と合点がいったようだった。
「ん? どういうこと? 刈谷くん、どういうこと? どういうことかな?」
ニコニコ顔の七瀬さん。まるで、私興味あります! と言わんばかりのその表情。
明るく、爽やかで、綺麗なビーチが後ろに見えそうだけど、実際の背景はどす黒くねとねとした思惑。
俺が隠し事をする人間かどうかを見極めにきてる。
冷たい汗が流れる。
「別に隠しごとはするタイプでないけど、美少女2人といる男の名前を覚えられたくないから」
「なるほど。私が刈谷くんの名前で書いておけばよかったなぁ」
「絶対、やめてくれ」
あはは、と笑う七瀬さんを見ながら、心の中で安堵の息をつく。
もう、こんなのなら、隠さないほうが楽かもしれない。
「よーし、じゃあ投げ始めるよ」
七瀬さんはそう言って、レーンの前に立つ。
構えたのは15ポンドのボール。
しなやかなテイクバックからの、目にも留まらぬスゥイング。
リリースされたボールは豪速球と言っても差し支えなく、ピンが雷鳴のような音をならせて吹き飛んだ。
「いえーい、ストライク。てか、重たぁ〜」
と、手をふらふらさせる七瀬さんに恐怖する。
絶対に、絶対に、バレてはいけない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます