氷室さん改造計画


 放課後、訪れたのは、知り合いの美容院だ。


「凄い。ここ人気の美容院なのに、貸し切り」


「ほんと、貸し切りにしなくて良かったのにな」


「坊ちゃんのためならそうしますよ」


 インテリアから内装から何から何まで、お洒落な美容院。8席もあるが今はがらんとしていて、制服姿の俺と氷室さん、そして店長しかいない。


 予約を取ったところ、刈谷に恩と縁のある店長は、急遽貸し切りにしてくれたのだが、美容師という職業柄を考えると申し訳なくて仕方ない。


 ただそんなことをしても客が途絶えることを知らない人気美容院なのにはちがいないが。


「にしても、坊ちゃんが彼女を連れてくるとはね」


「か、彼女……ち、違います。刈谷くんに迷惑です」


 頬を染めてあわあわする氷室さんから、店長に目を向ける。


「そういうのじゃないですよ」


「でしたら、依頼人ですか?」


 頷くと、店長は、はあ、と息をついた。


「あれだけ嫌がりながら俺の授業を受けていたというのに……血は争えませんね」


「血? どういうことですか?」


「かの剣豪を大坂の陣に抱えた御方に、生涯仕えた刈谷の初代様と同じくして。刈谷の歴代は、流れ流されて何でも屋を開業し、廃業し、と繰り返するんですよ」


 唇を尖らせる。


 俺は今までとは違う。これは一度きりだ。流れ流されてやるものか。


 なんて思っていると、氷室さんが心配げな眼差しを向けてきた。


「あの、刈谷くん。私に流されてってことなら、お世話を焼かなくても大丈夫だよ。刈谷くんがやりたくないのに、やらせるのは私、辛くて……」


 うう。ええ子や……。


「何を言ってるんだよ、氷室さん! 俺がやりたいからやるだけだよ!」


「血は争えませんね」


 店長が何か言ってるが、不快なので話を変える。


「店長、今日きたのは、氷室さんの雰囲気を和らげてほしいからなんだ」


「もったいない」


 店長は、そう言って続ける。


「クールな雰囲気をさらに際立たせるように、グレージュのカラーリングとか、定番のアッシュグレーにして、髪もバッサリいってショートにすれば、カッコいいの頂点になれるのに」


「カッコいいとか、クールとかは、もういいんだ。ギャップで別人になるくらい可愛くしたい。まあ、高校生らしく、暗めのブラウンでいいかな」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 氷室さんが慌てて止めてきた。


「刈谷くん、私、髪切るだけって聞いたから、改造計画? を了承したんですよ!?」


「そんなわけないじゃない」


「そんなわけない!?」


「氷室さん。俺は本気で氷室さんをクラスの除け者から変えようとしてるんだ。誠意か、裸を見せてくれないとやってられないよ」


「え、あ、え? う、うう、じゃあ、裸、見せます……」


「え、あ、え? そこまで髪染めたくないの?」


 こくり、と氷室さんは頷く。


「髪染めるなんて、よからずじゃないですか。きっと怖がられちゃいます」


 いつの時代を生きているのだろう。まともに取り合うのが面倒になって、店長に頼む。


「じゃ、店長、よろしくお願いします」


「かしこまりました」


「え、ああ〜!?」


 誘拐された氷室さんを、別室で待つこと3時間。


 現れた氷室さんは、つい見惚れてしまうほど可愛かった。


「ど、どうかな?」


 暗めのブラウンには違いないが、光の加減でごく少しピンクが混ざっているように見える。濡れているような艶やかな髪はそのまま、いや、カラーをしたことでより増している。黒の冷たい雰囲気がとれ、ほわほわとした陽だまりのような柔らかな雰囲気に変わっていた。


 それに、目。


「メイクもした?」


「う、うん。目が少しきつく見えるから、垂れ目に近づけるって」


 企みは大大大成功。すごく可愛くなっている。


「自分で自分を見た?」


「う、うん。お洒落だし、髭を剃って拾われそうな女子高生になってた」


 それはよくわからん。


 まあ、何はともあれ、印象の変更は成功。


 冷たい、硬いという雰囲気がとれ、話しかけられやすくなっただろう。それに、お洒落な髪は、バンドtシャツみたいに撒き餌になる。


「氷室さん、すごく可愛くなったよ」


「う、うぅうう!」


 氷室さんは顔を真っ赤に染めて照れた。


「可愛いなんて、言われ慣れてるでしょ?」


「そ、そうだけど、刈谷くんに言われるとなんか! なんか、なんかダメなの!」


 どういうことだよ。


 まあいっか。


 第一段階は成功。


 次はコミュニケーションだ。

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