氷室さん改造計画の成果と、七瀬さんの思案
始業前、朝の教室。朝練帰りの学生がおらず、早く学校にきて友達もいない、そんな時間。普段なら、ただスマホをいじっているだろうが、今日は違うところに目が向いている。
机に突っ伏して眠っている氷室さん。窓から差し込む朝日に照らされた、彼女の髪色に、皆そわそわと落ち着きがない。
興味を惹いている。いい調子だ。
だが、このままでは声をかけられることはない。普通なら、眠っていようが何してようが、どうしたのその髪!? と話しかけられる。しかし、氷室さんは除け者で、誰しもが話しかけに行くのを躊躇う。誰かが話しかけでもしない限り。
そう思った時だった。
氷室さんは夢の中で落下した時のように、ガタン、と音を立て、びっくりしたように立ち上がろうとして転げる。そして、可愛い顔が、優しげな顔が顕になった。
俺は昨日氷室さんとした会話を思い出す。
***
『正義感をくすぐるんだ』
『正義感?』
『ああ。刺々しい雰囲気が抜けたとは言え、氷室さんの立場はよくない』
『うう……はぃ』
『だから普通なら話すことを躊躇うけれど、危急の事態なら別だ。倒れた相手に躊躇いなんかしないだろ?』
『あ、たしかに』
『だから転げたふりを練習しておくように』
『ええええ!?』
***
というのが昨日の会話。そして今、実行された。
周りの様子を窺うと、俺は口が弛むのを自覚した。
「氷室さん、大丈夫!?」
近づいてきた女の子に、氷室さんはドギマギする笑顔をみせて立ち上がる。
そして、口を開いた。
「ありがとう、赤羽さん」
赤羽さんは口の端をゆるめた。それは、氷室さんの無事を知ったからだけではない。名前を呼ばれた、自分を知ってもらっていたことが嬉しかったからだ。
***
『話しかけられたら、とにかく名前を呼ぶんだ』
『どうして?』
『名前を呼ばれると距離が近づくんだ。知ってくれているということも、凄く可愛くなった今の氷室さんならプラスに働く。ああ、こんな可愛い子に知ってもらえてるなんて。私が一方的に知ってるだけじゃなかったんだって』
『うん! 私が一方的に知ってるだけじゃなかったんだって気持ち、ぼっちの私はよくわかる! でも、こっちが知ってて、相手が知らなかったら、なんか恥ずかしいやら悔しいやらで……名前呼びづらいよ』
『典型的な陰キャ思考すぎる。だからこそ、先に名前を呼ぶんだよ』
『あ、そっか、そだね!』
『ものわかりよし。次にだけど、名前を呼んだら、知っている情報をからめて会話するんだ』
『それも知っててもらうと嬉しいから?』
『そういうこと。それで印象はグッとよくなるし、会話の基本だ』
***
「赤羽さんは優しいね。この前も、ドアを手で押さえてるとこ見たよ」
知っている情報を話にからめろというのも俺の指示を守っている。
「そんな優しくなんてないよ。あ、襟くずれてる。凄く可愛くなったんだからもったいないよ。元から可愛かったけど、あははは!」
「やっぱ赤羽さん優しいじゃん!」
二人とも笑って、いい雰囲気。
こうなると、あとに続くものが現れる。
「何、喋ってんの? うわっ、氷室さん、可愛くなったね!」
「どういう心変わり!?」
「ちょ、俺も混ぜて、氷室さんと話してみたかったんだ!」
続々と、氷室さんに集まっていく。
こうなることは、予想できていた。
もとより、異質な世界にいただけで、氷室さんは可愛いし、接点をもちたいという輩が多い。
会話も、知っている情報を絡めて話すことができれば、尽きないだろう。事実、氷室さんのハキハキとした喋り、表情から安堵が汲み取れる。見た目を変えた初日、今までしてこなかった会話をしているのにも関わらず。
俺は満足して、視線を外す。
すると、氷室さんに目を向ける七瀬さんを見つける。彼女は何かを思案するように突っ立っていた。
次は七瀬さんと友達にすることだな。
なんて思った時、七瀬さんは教室から出て行く。
その時の横顔が、情欲に満ち溢れているように見え、何故か震えがきた。
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