趣味探しを無双せよ8

 飲み物休憩から、約1時間の練習の後。


 プッシュして止まり、プッシュして止まるを繰り返す氷室さん。


「見て! 滑った! 止まれた! ほら、滑った! 止まれた!」


 補助輪抜きで自転車に乗れたような純粋に輝く目が眩しい。父性が湧いてきて、ニコニコしちゃう。だけど、隣にいる七瀬さんが、無理やり背中で恋人繋ぎしてくるせいで、ヒヤヒヤもしちゃう。


 ただ、その程度で済んでいるのは、氷室さんが滑れるようになるまでに逃走計画を立て終えていたからだ。


「ねえ〜! 陽南乃ちゃん! 後ろから押してみて〜!」


「わかったわかった、はしゃいでるなぁ〜」


 と七瀬さんが氷室さんの方に歩いて行った隙を見て、俺はスマホを操作する。SNSを開き、メッセージを送り終えると、すぐにポケットに戻した。


「きゃー! はやーい! こわーい!」


「給食のワゴンを思い出すわ〜」


「ほんと!? 嬉しい!!」


「あはは! 喜ぶとこあった〜?」


 キャッキャと遊ぶ二人を見て安堵の息をつく。


 俺の行動はバレなかったようだ。


 計画の実行にはスマホの操作が必須。七瀬さんに怪しまれないために、目を盗んでやる必要がある。


 七瀬さんの目を欺くのは至難の業、というわけではなく、案外簡単だった。あくまで今日の趣旨は氷室さんの趣味探し。七瀬さんは、主役を放置して俺に構い続けるほど非情な人間ではないらしく、ちゃんと氷室さんと遊びを楽しんでいる。そのため、そこに隙があって簡単というわけだ。


 いい子なんだよなあ。明るくて、性格が良くて、キラキラしてて、美少女で。


 本当、神様は何故彼女に昏い一面を付け加えたのだろう。あまりにも悪ふざけがすぎる。


「ねえねえ! 沢谷くん! 雪菜と私を撮ってよ〜!」


「あ、いい! 陽南乃ちゃんとスケボーの写真欲しい!」


 二人にそう言われてスマホを取り出そうとしたとき、声をかけられた。


「写真撮るの? 撮ったげよっか?」


 声の方を見ると、刺青がそこら中に入ったbboyって風貌の若い男が近づいてきた。


 またナンパか?


 そう思ったのは皆同じようで、氷室さんは険しい顔、七瀬さんは俺に向けてうっとりとした顔をしていた。


 氷室さんのためにもナンパを追い払わないと、でもこれ以上七瀬さんの好感度を上げても……いやまあやるか。はあ。


「ほら、誰かスマホ出してスマホ」


「え? あ、はい」


 と氷室さんがスマホを男に渡す。


「ほら、兄ちゃん。一緒に写って」


 あ、なんだ。善意なのか、疑ったことが申し訳ない。


 俺はぺこりと頭を下げて、真ん中を氷室さんにするように並ぶ。


「おっけ、真ん中の姉ちゃん。テールを爪先で踏んで〜」


 言われるがままに氷室さんはする。


「わわっ」


 地面にテールがつくと、勢いで板が跳ねる。縦になった板の先を氷室さんが掴むと、男は親指を立てた。


「いいねえ! 決まってるよ! じゃ、撮るから、二人は真ん中の子の肩に腕を乗っけて……おけ! ハイチーズ!」


 シャッター音がいくらか鳴ったのち、男はスマホを氷室さんに返した。


「わあ!」


 目を輝かせる氷室さん。俺もスマホを覗き込んでみると、しょっぱいバンドのアー写みたいな写真が映っていた。


 まあこれはこれで、すごく青春っぽい。氷室さんもすごく嬉しそうだし。


「ありがとうございます」


 と礼をすると、続いて二人も嬉しそうに感謝を述べた。


「いいの、いいの。若い子がスケボーやんのが嬉しいんだから。じゃ、行くわ……あ」


 男は思い出したように短いを声を出し、そのあと氷室さんに親指を立てた。


「お嬢ちゃん、プッシュ、ナイスメイク!」


 それだけ言うと、去っていく。しばらく見ていると、遠くでスケボーに乗り、高難度の技を決めていた。


「良い人だったね〜」


「そうだね」


 何て七瀬さんと言葉を交わす。氷室さんから声がないので見てみると、スマホの画面を見てずっとニヤニヤしていた。


「うふっ、くふふふ。友達と最高の写真……一生の思い出が出来ちゃった」


 かわええ。笑い方はキモいけどギュッとしたい。


 そう思ったのは七瀬さんも同じなのか、氷室さんに抱きついた。


「かわいいかぁ〜、このぉ!」


「あ、あわわ、陽南乃ちゃん!?」


 あの氷室さんが……ほろり。


 良い光景だ。今日はもうここで終わりでいいだろう。解散しよう。計画は進めているけど、このまま解散が綺麗だ。


「こんなんじゃ今日もたないぞ! まだお昼にもなってないし! ね、沢谷くん?」


「え?」


「そりゃそうでしょ。まだ趣味探しのプランはあるんでしょ?」


 ニコニコ顔の七瀬さん。目は逃さないと語っているようで……。


「もちろん! 刈谷からは聞いてるから次へ行こうか!」


 俺は、精一杯虚勢を張って、そう言った。


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 この機会に是非お読みください!

 https://kakuyomu.jp/works/16817330650812947378







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