海まつりを無双せよ10

 氷室さんに別れを告げた翌日。通学路を歩いていると、七瀬さんが名前を呼びながら駆け寄ってきた。


「か〜りや〜〜〜クンッ」


 とハゲ野菜男の如く、尻をなであげられる。


「豪胆なセクハラしてしないでもらえますか?」


「そう? 周りは羨ましそうに見てるけど?」


 ニマニマ、と小悪魔な笑みを向けてくる七瀬さん。


 周りを見ると本当に羨ましそうにしている学生が男女問わず。おいお前ら本気かよ……と問い詰めたくはなるけれど、


「それはさておいて良かった」


「うん? 何が?」


「最近、様子が変だったから。セクハラは良くわからんけど、いつもの七瀬さんだ」


 ここのところ、七瀬さんの様子がおかしかったが、今の七瀬さんは何か吹っ切れたかのようにいつにもまして爽やかだ。


 だから、立ち直れて良かった。


 ではあるが、それ以上にくるみと気づかれているのではないかと勘ぐっていたので、いつも通りに戻ってくれて良かった。セクハラをしたのも、きっとここ数日の後遺症だろう。あまりにもタチの悪い病だが、やがて治るにちがいない。


「刈谷くん……くうぅぅぅ、我慢!! 今すぐクラーケンしたいけど我慢!! あくまでフェアプレイ! じゃないとケチついちゃうからね!」


「意味わからないけど、クラーケンは今すぐじゃなくて一生しないで」


 やっぱり、治っていないか?  クラーケンはもとより、フェアプレイって何のこと?


「まあまあまあ」


「何その誤魔化す感じ?」


「そうだ、二人で人狼でもする?」


「不自然すぎる。それに二人人狼の何が面白い?」


「あっははは! 冗談だって!」


 からからと笑う七瀬さんと登校する。


「刈谷くん、昨日は何してた?」


「昨日、かあ。帰って風呂入ってすぐに寝たよ」


「お湯の温度は40度?」


「39度」


「ええ〜、ぬるくないの?」


「のぼせやすいから」


「そうなの? 私、あっついの好きだから逆だあ」


「逆なんだ、って凄いなあ。我ながらつまんないこと言ってしくじったと思ったのに、よく膨らませられるね」


「つまんないことなんて何もないよ。刈谷くんのことなら、尚更ね?」


 意味ありげに言った七瀬さんは憎いくらい可愛い顔で見つめてくる。


 一瞬、ドキッとしてしまう。が、いやいや、と内心首をふる。


「じゃあ、今朝お茶漬けを食べた」


「何茶漬け?」


「野沢菜」


「しぶぅ〜いけど、美味しいよね。でも詰め合わせで買うと大体最後に残るんだよ」


「あ、わかる」


「だよね、美味しいのにさ。他が強すぎるのが悪いと思う、梅、鮭、海苔ってもうずるじゃん」


「そうなんだよなあ。鮭海苔は当然ながら、梅も……」


「当てて、あげよっか?」


「わかる?」


「うん、しその実美味しいよね〜」


「そうそう。もはや紫蘇の実食べに梅を開けるまである」


「あはは! わかるわかる! ……で?」


「参りました」


「よろしい!」


 そう言って七瀬さんは快活に笑う。


 気づけば、校舎内。七瀬さんと無限に喋れそう、と思って、SUNなのだと実感する。


 普通にしていれば、ゲーム友達のSUN。一生、話し続けられるし、笑いあえるようなそんな友達。


 姿を見てみれば、学校のアイドルの七瀬さん。


 爽やかな外はねのボブカット、丸アーモンド型の吸い込まれそうな大きな瞳。人差し指でなぞりたくなる綺麗な鼻に、可憐かつ艶やかなピンクの唇。優れたパーツが小さい顔に最適な大きさで最適な角度で配置されている。


 背丈は高くないし華奢だが、それを思わせない色っぽい体つき。一目で柔軟性があるとわかるしなやかな腕に脚に腰。胸はグレープフルーツサイズと少し大きいのに対して、お尻はこぶり。


 彼女から醸し出す雰囲気は明るく、向日葵や青空、ビーチなんかがよく似合いそう。見た目の清純さ、健康さ、と合わさって、カル○スのCMに出ていてもおかしくないような美少女。


 彼女はSUNで七瀬陽南乃。氷室さんの願いを聞く形でなし崩しだけど、今はすぐ隣にいる。そして、海まつりが終われば疎遠になる。


 惜しさを僅かに感じて、いやいや、と首をふる。


 騙されるな、刈谷優。恐ろしきかな七瀬陽南乃。普通にされるだけで、刈谷を絆しかけるなんて。


 さあ、もっとヤバいところを見せるんだ。


「今日の体育、バドミントンかあ」


「じゃあ男子も体育館?」


「ってことは、女子も?」


「そうそ、バスケだよー。あ、ならさ、試合の待ち時間とかさ、暇つぶしに喋らない?」


「中央に引かれたネットで区切られるんじゃない?」


「うん、だからネット挟んで喋ろ。端っこで、座ってさ〜ってでも、恥ずかしいか。背中合わせでこっそり喋る?」


 なんて思っても、教室に着くまで、七瀬さんは一切おかしなところを見せない。それどころか、会話は弾む。男友達のような気安くて何でも言えるような空気感、だけど、男友達とは出ないこそばゆさを孕んだ、ほんのりと甘い会話が続く。


「あ、もう教室だ。刈谷くんと話してると早いね〜」


 話してると早い、かあ。


「ちょこちょこ意味ありげなこち言ってくるのは何?」


「ん? そんなこと言った?」


 煽り、かと思ったけど、七瀬さんからは一切、そんな気はかんじられない。少し鼓動が早まる。


 そして七瀬さんがとびっきりの可愛い笑顔になって余計早まる。


「大丈夫。意味ありげなじゃなくて、意味のあることは、ちゃんとこれから言っていくから。特に、海まつりが終わるまではね」


 ふと時間が止まったような感覚。だがそれはすぐに、引き戻される。


「雪菜? ほっぺた膨らませて刈谷くんの腕引っ張ってどうしたの?」


 ニヤニヤと言った七瀬さんに、氷室さんはハッとする。そして慌てて手を離した。


「きょ、教室の前で止まってたら、他の人が入りづらいから……」


「あはは、そうだね?」


「……う、嘘だよ! そうじゃない……けど、そういうことにして!」


 七瀬さんと氷室さんの間によくわからない世界がある。親しい友人の温かみとライバルに向ける剣呑とした空気が混在したような、二人だけの世界。


 何かあったのだろうか、と思うけれど、口に出すのは無粋な気がして何も言えなかった。


「刈谷くん?」


「えっと、氷室さん?」


「ごめん刈谷くん、深くは聞かないで欲しい。でも私、頑張るから」


「う、うん?」


 この日、この時を境に、二人と話す機会が増えた。


 二人との会話は、楽しく、安らいで、そして砂糖のように甘かった。

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