放課後を無双せよ、ただし七瀬陽南乃に正体バレしてはならない8
side 氷室雪菜
「美容院の店長さん、何か言ってました?」
困惑顔の七瀬さんに、私は尋ねた。
「なんか、日曜日の忘れ物を取りに来いって」
日曜日の忘れ物? そんな話、美容院でしてたかな?
「ねえ、雪菜」
どきん、とする。憧れの美少女に、名前呼びされるのは当分慣れなさそう。
「な、なに、ひ、陽南乃ちゃん?」
「あはは。いい加減慣れなって雪菜ぁ」
「う、うん。それで?」
「雪菜はさ、刈谷くんが日曜日に何してたか知らない?」
「日曜日? たしか……」
オフ会とか言っていた気がする。だけど、刈谷くんには素性に関することは言うな、と図書室で口止めされている。だから漏らすことはできない。
それに……。
「やっぱ、くるみじゃないのかなぁ」
七瀬さんの乙女な可愛い顔を見ていると、何となく言いたくないなぁ、と思ってしまう。
私、意地悪な子になっちゃったんだろうか。
ささやかな胸の痛み。けれどどこか甘さがある。
なんだろう、これ。
なんて小首をかしげていると、声がかかった。
「まあしゃーない。ほら、雪菜。最後投げて、お題はぶりっこで」
「ちょっと、陽南乃ちゃん! スマホのカメラを構えないで!」
「いいから、いいから。はい」
「うぅ……。きゃるん!」
とぶりっこの声をあげて投げてみる。
陽南乃ちゃんのケラケラ笑う声はピンを弾く音でも消えなかったが、声がかかって笑い声が止まった。
「ねえ、楽しそうなことしてんじゃん」
「俺らも混ぜてよ」
「絶対、楽しくするよ?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて寄ってくるのは、大学生らしき男三人。
怖くて、ちょっと腰がひけてしまう。
「すみません、私たちだけで遊んでるので」
陽南乃ちゃんがそう言うと、大学生は笑った。
「ええ、ちょーきびしー」
「俺ら、そんなダメ?」
「お前がダメなだけだろよ、ね? だよね?」
突如始まった内輪ノリ。タイプは違えど、圭介と似たような空気を感じて、眉をしかめる。
「うわぁ、しかめっ面。そんなんじゃ良くないよ、肩くも肩!」
そう言って肩を組もうと近づいてくる男に、不快感で吐きそうになった時だった。
***
俺は氷室さんと肩を組もうとしていた男の腕の中に入る。
ナンパから助けるなんて、この前の展開と同じ。だけど、優先事項は氷室さんの依頼。キラキラな思い出が嫌な記憶に変わるのは避けなければならない。
だから俺はため息を内心でついて、口を開いた。
「あらやだ、逞しいわ」
お姉口調でそう言う。
ぽかん、としている男に追撃をかける。
「この胸板、ううん、セクシーだわぁ」
と、つ〜と指で胸板を撫でると、男は、ひっ、と声を上げて飛び退いた。
「もう、酷いわね。そんな反応、傷ついちゃう……あら、他の男もなかなかいい感じじゃない?」
そう言うと、男たちは顔を青ざめさせた。
「あー、ちょっとやめとこ?」
「あんまし、こーこーせーと遊ぶのよくねえし」
「ごめん、悪かった」
大学生らしき3人は自分たちのレーンに帰っていく。
何も言わずついていくと、ついてくんな! と言われたので、ちゃんと引き下がる。そして、二人の下にもどる。内心びくびくのまま。
これで七瀬さんに気づかれてないといいけど……。
「大丈夫だった?」
「だいじょぶ、刈谷くん、おねえだったんだ?」
「いや演技だってわかるよね?」
「わかってるよ、ありがとう刈谷くん」
意外にも普通の反応の七瀬さんに驚く。ただ、話し終えると、七瀬さんは何かを思案しているように斜め上を見ていて、疑われたのかと怪しむ。
「あ、あの、刈谷くん」
「どうしたの、氷室さん?」
「私もありがとう」
そう言う氷室さんの顔は赤かった。
そこまで照れることじゃなかろうに。もしや、俺に惚れたのだろうか。とにわか仕込みの読心術で窺うが、氷室さんからはそう感じない。俺の実力不足と自覚していない場合以外は、そうではなさそう。
あんまりこういう経験がなくて、礼を言うことに照れている。という結論に落ち着く。
きっと氷姫と呼ばれていたのも、自衛の手段だったのだろう。
「気にしないで」
「そ、そうはいかないよ」
「じゃあラストゲーム、指示を120%でしてくれたらいいから」
「ええ!?」
なんて驚く氷室さんを二人で笑い、元の雰囲気に戻る。
3ゲーム目の王様ボーリングも楽しく終えると、七瀬さんが提案した。
「ね、今日の思い出に皆で写真を撮ろうよ!」
「いいんじゃない? どう? 氷室さん?」
「撮りたい! キラキラだぁ!」
「そうと決まったら詰めて詰めて!」
そうして3人で自撮り写真を撮って、長いキラキラな放課後を終えた。
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