趣味探しを無双せよ3


 七瀬さんが着替えに行っている間、先んじて氷室さんに指導する。


「じゃあやってみようか、氷室さん」


 爽やかスマイルを浮かべると、氷室さんはあわあわした。


「あ、あの、沢谷くん。二人の時はそれやめてもらえないかな?」


「どうして?」


「その、眩しくて、私にはこう毒になるっていうか、緊張しちゃうっていうか」


 ため息をつく。


「何言ってるの」


「あ、刈谷くんだ」


「いい? 氷室さん?」


「は、はい」


「氷室さんはこれから、こういった人種と一緒に輝いていくんだよ?」


「そ、そうかも」


「だから慣れなきゃいけないわけ。おわかり?」


「う、うん。そうだよ、ね」


 氷室さんが、よし、と拳を握ったところでスケートボードを地面に置く。


「今日のところは、プッシュで乗れるくらいにはなってもらう」


「プッシュ?」


「こんな感じ」


 俺は片足をスケートボードに乗せ、後ろ足で地面を蹴った。すいーと前に進んだところで、後ろ足を地面にすらせてブレーキを掛ける。


「え? それだけ?」


「これだけ」


「もっと飛んだりするんじゃないの?」


 俺は首を振る。


「ジャンプはオーリーって言うんだけど、それは初心者にはまず無理。一日やそこらで出来るようなもんじゃない」


「は、はあ」


「それに、プッシュさえできたら、クルーザー専なんだよねえ〜、とか言ってれば、出来なくても誤魔化しがきく。だから、今日は教えない」


「ええ〜。沢谷くんが出来ないわけでなく?」


 俺はスケボーを浮かせて板を半回転させたのちに乗る。キックフリップという技だ。難易度は高くないが、素人の目を誤魔化すにはぴったりな技である。


「うわっ! 凄い!」


「出来ないわけじゃない。ただ難しいし、氷室さんにはまず無理だと思う」


「むっ! で、出来るし!」


「じゃあまず、板に乗るところからな」


 俺はスケボーを足で氷室さんの足元にやる。


「乗ればいいだけだよね」


 氷室さんは自信満々といった様子で、スケボーに片足をちょんと乗せた。


「ほら! 乗った!」


 嬉しそうな笑顔を向けてくれるところ悪いが、それで乗ったことになるなら誰も苦労しない。


「両足を乗せてみてよ」


「うん! 行く……」


 スケボーに乗っている片足に体重をかけた途端、ぐらぐらと揺れ始める。


「む、無理かも」


「ほらね」


「で、できるよ!」


 氷室さんは、えい、とジャンプして乗ろうとして板が滑り、体が斜めにぶれる。


 俺はすぐに動き、こけかけた氷室さんに抱きつかれる形で支える。


「大丈夫?」


「う、うん……ひゃあ!?」


「こら、暴れない」


「ご、ごめんなしゃい」


 照れた反応されるとこっちも照れる。胸に柔らかい感触があるし、髪から甘いいい香りがする。


「お熱いねえ」


 そんな声が聞こえて目を向けると、いつのまにか着替え終えた七瀬さんがそこにいた。笑顔だけれど、何だか冷たい感じがして怖い。


「そんなんだったら嬉しいんだけどね」


 内心恐怖を覚えながら、沢谷らしく爽やかにそう言って、氷室さんを安全に立たせる。


「う、嬉しい!?」


 冗談だと理解していなそうな氷室さんに突っ込むのも変なので、氷室さんの方は見ずに続ける。


「氷室さんが転げそうなのを支えただけだよ」


「う〜ん、セクハラ」


「よし、今日の授業は終わり」


「あはは、冗談だよぉ〜」


 どうやらいつもの七瀬さんに戻ったようだけど、さっきの冷たい笑顔はどういうことだ?


 もしやくるみだとバレてる? いや、そんなはずはない。状況だけを見るならば、自分を置いてイチャイチャしてるように見えて、疎外感を覚えるのは当たり前。きっとそれが原因にちがいない。


「七瀬さんも乗ってみない?」


「乗るだけ?」


「難しいよ、陽南乃ちゃん」


 七瀬さんはひょいとスケートボードの上に乗った。ちゃんと両足。


「で、ここからどうするの? 転げかけたってことはここから何かしようとしたんだよね?」


 まあ普通はそうなる。だけど、氷室さんの運動能力を考えれば、それは難しいことで。


「簡単に乗っちゃった……」


「あ、あれ? もしかして、乗るだけでこけちゃった?」


「乗る、だけ……」


 だけを強調した氷室さんはどんよりと沈む。


「ごめんって〜、氷室さん。あ、あぁ、そうだ、私も降りる時は怖いから、沢谷くん手を貸して〜」


 と七瀬さんが両手を前に出した。


 俺はその手を取ろうとしたが、嫌な予感がぶわっと訪れて、その手を引っ込める。


「ん? どうしたの、沢谷くん」


「両手を自由に出来るだけのバランス能力があれば、一人で降りれるよね?」


 スケボーに乗った状態で両手を自由にぶらぶらするには、それなりのバランス能力が求められる。だから、七瀬さんは自由に降りられる力は十分にあると見れるのだ。


「いやぁ、降りれるけど、そういうんじゃなくて氷室さんへのフォローなんだけど。出来ないふりなんだけど〜」


 言っていることはわかるし、俺もそう捉えていた。だけどそれでも、違う可能性が頭に思い浮かぶ。


 俺と氷室さんが抱き合ったとき、いつの間にか七瀬さんはすぐ近くにいた。で、あれば、近寄ってくるまでの間に、氷室さんがただボードの上に乗ろうとしてこけていたことを目撃していてもおかしくないのだ。


 知っていて、「で、ここからどうするの? 転げかけたってことはここから何かしようとしたんだよね?」と言うか?


 運動できない氷室さんのフォローのため、自分も出来ないふりをするならば、乗る時点でするべきではないか?


 この流れに持っていって、手を触り、確認することが目的だったのではないか?


 ……まさか。流石に考えすぎ。


 七瀬さんの言うことは筋が通っている。言っていることを信じてもいいだろう。


 ちょっと警戒しすぎだな。


 俺は肩の力を抜いた。



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