海まつりを無双せよ6


「あ、じゃあ、そこの可愛い女の子」


 あてられた氷室さんは、おずおずと立ち上がった。


「は、はい。えっと、私が提案するコンセプトは、一日リア充、です」


 よく分からなくて、ぽかんとする空気にも負けずに氷室さんは続ける。


「私、お祭りってすっごくキラキラした催しだなって思うんです。縁日の青空はいつもより高いし、夜には屋台や提灯の明かり、打ち上げ花火って、目にも輝かしいし、友達と一緒に行ってはしゃいだり、浴衣の男女グループが花火見たり、良い感じの人とデートしてみたり、ってすっごく輝いてる」


 氷室さんが、まるで祭りを瞳に映したようなキラキラした純粋な目で話すから、周りはどんどん惹きつけられていく。


「だけど、それって、キラキラした人たちがよりキラキラするだけで、日陰者だった私は、あまり祭りを楽しめなかった。友達と笑い合う人の細められた目も、恋人と繋いだ手に落とす目も、男子の顔が恥ずかしくて見れなくて喋りながら逸らした目も、すれ違う人の目はきっと、私には縁がない輝かしい世界を捉えてたんだろうなって思って、胸は寂しさでいっぱいになった」


 見た目で言えば、氷室さんを日陰者だなんて思わない。だけど声に実感が篭っているから、本当にそうだったんだ、と信じ込ませるだけの説得力がある。そしてそれは、可愛い子でも自分たちと同じように思うんだ、という親近感を呼ぶ。


「今年もお祭りは楽しめないんだろうなって思ってた。でもね、少し前に、私にすっごく特別で大切な人達が出来たんだ。今はその人たちと、今年こそお祭りを楽しみたいって思う。私も輝かしい世界を見たいって強く思う」


 だから、と氷室さんはニッと笑った。


「その日一日くらいはリア充になってさ、大人になってから、あの日私は青春してたんだぞって胸張れるような、キラキラとした思い出になるようなお祭りに私はしたい」


 氷室さんの話はそこで終わり。けれど静寂は終わらない。


 それは皆の目には続きを期待する光が灯っているから、あるいは魂を引き抜くくらい魅力的な笑顔の虜になって呆然としているから。


 氷室さんが言っていること自体は、別に龍ヶ崎とそう変わりない。一日リア充なんてしょうもない、リア充に憧れて真似事なんて痛々しい、そもそもリア充になんてそんなに価値がない、浅ましい企画だ、なんて幾らでも否定的な意見は飛び交うことが予測できるし、人によっちゃあ、龍ヶ崎の案の方が優れていると思うかもしれない。


 だけどそれは、この場にいない人が思うこと。


 氷室さんの口から語られた理想は、日ざしを浴びたウイスキー瓶みたいに純粋に透き通っていて綺麗だった。それでいて鉄を赤くするくらいの熱量があって、手を伸ばしたくてそわついてしまう。


 きっと尊い青が弾けるイベントになる。誰の脳内にもそんな景色が広がっている。


「あ、あの、お、終わりです」


 何の反応もないことに腰が引けた氷室さんは、顔を赤くしておずおずと席に座った。


 氷室さんはやらかしたとでも思っているのだろう。誰も口にはしないけど、この案で満場一致しているのは明白で、皆もそれはわかっている。いや、それが正しいことだと信じ込まされている。なのに当の本人が受け入れられていないと思っているなんて、愛らしくて笑えてきた。


 それは他の子も一緒。笑い声が漏れ出て静寂が破られると喧騒につつまれる。


「いいじゃん!」


「一日リア充! すっごくいいと思う!」


「楽しそう! 私もキラキラな思い出作りたい!」


 わいわいガヤガヤと議場が盛り上がっていく。


「氷室さんだったよね! 具体的に何したいとかある!?」


「私はこういうのがいいと思うんだけど!!」


 予想しない展開に目を丸くしていた氷室さんだけど、あわあわしながら答えていく。


「え、えっと私的には……」


 皆から氷室さんに送られる好意的な眼差し。その一つ一つに安心感が満たされていく。もう俺がいなくても大丈夫だという安心感だ。


 ずっと氷室さんが愛される姿を見ていたかったが、意見が飛び交い収集がつかなくなる前に俺は大人にアイコンタクトを送る。


「静粛に! って一回言って見たかったんだよねえ〜」


 大谷さんが一笑いを取ると、場が静かになる。


「それじゃあ一日リア充というコンセプトに賛成の方は手を挙げていただけますか?」


 全員の挙手。そこには竜ケ崎も含まれている。


 竜ヶ崎は氷室さんの理想を認めざるを得なかった。それは氷室さんが竜ヶ崎に勝ちを収めたということ。


 パズルの最後のピースが完全にハマった。


「それでは今日はここまでにします。今後のスケジュールはメール経由でお伝えしますので、最後にこの紙に記入してから帰ってくださいね」


 なんて締めの言葉で会議は終わり。だけど今日はまだ続くようで、海まつりについて話したい皆の顔が氷室さんに向いている。


 俺は皆に氷室さんを取られる前に言った。


「氷室さん、少し話したいことがあるから、あの日の防波堤に来てくれない?」

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