海まつりを無双せよ12


 最初に集まった場所には、運営の40くらいの記者みたいな服を着た男性の沢村さんとフレッシュって感じのスーツ姿の女性の大谷さん、そして各校の皆様。テスト期間も終わり、夏休みも間も無くといったところで全員に集合が掛かっていた。


「皆さん! 本日はお集まりくださりどうもありがとうございます! 今回はですね! 今後のスケジュールをお伝えしたいと思います!」


 まずは! と大谷さんが用意していたモニターに広告を映し出す。


「既にHPに掲載済みで知ってる方も多いと思いますが、チラシが完成しました! 皆さんにはポスティングをお願いしたいと思います!」


 会場はえーと不満の声が広がるけれど、大谷さんが配ったチラシを見るときゃいきゃいと湧き上がった。


「青春小説の文庫本のカバーイラストみたいでデザインめっちゃいい! 一日リア充なりませんか? って謳い文句もいいね! 私、なります!」


「本当にいいよね! それに地元の美容院の海まつりプランで似合ってるお洒落な髪型にしてくれるんだ!?」


「私的にはメイクアップサロンのクーポンの方が嬉しい。学生だから厳しいんだけど、海まつりの日は可愛い私になれそうだよ」


「俺はもう浴衣の着付けを予約したよ。ここもクーポン出てるから彼女の分まで頼んであるし」


 なんて声がある通り、海まつりは地元の店が一日リア充というコンセプトにかなり協力してくれている。俺が海まつりを盛り上げるために密かに動いた結果ではあるのだが、氷室さんがわかりやすいコンセプトを立ててくれたおかげで協力しやすいお店が多かったのも事実だ。


「あはは。皆喜んでるみたいだね。でも早めに予約しときなよ? 深夜のトレンドに入るくらいには反響が大きいから、市内だけに止まらず県内どころから県外からもお店に予約が入ってるみたいだしね」


 皆が慌てたりしてわちゃわちゃとする様子をニコニコと見ていた大谷さんは、折を見て続きの話をはじめた。


「まあそういうわけで、皆さんの反応は上々ということがわかりましたし、周知活動の方を頑張っていただければ〜、と思います。そういうわけで、まずはポスティング。続いて会場の設営を手伝ってもらいます!」


 モニターはスライドが変わってステージが映し出される。


「じゃん! 音楽ステージ!」


 元々がフェス等の誘致活動の実績づくりなのでステージは本格的なフェスに使われるようなものだった。


「もうすでにタイムスケジュールが出ているのですが、ここでは参加型の企画、地元の作家の講演、吹奏楽部の演奏、抽選会、そしてトリはなんと! 有名なロックバンドがカポエイラ師範が来てくださいます!」


 そのことは皆知っていたみたいで「凄いよね!」と口々に騒ぎ立てた。


「といっても、ステージ関係は皆さんにお任せするのは難しいので、その周りのテントや駐車場等、海まつり会場の設営を皆さんにお任せしたいと考えています」


 というわけで、と大谷さんはまた新しいスライドを出した。


「事前に皆さんから聞いた予定に合わせたシフト表です。今日から早速ポスティングしてもらいますので、呼ばれた順にチラシ持ってGOで!!」


 大谷さんが生徒の名前を呼び始め、前で沢村さんから対象の場所とチラシの束をもらって炎天下に送り出されていく。


「お、刈谷くん呼ばれたねえ。一緒に行こっか」


 そう七瀬さんに声をかけられたけど、七瀬と共に呼ばれた苗字は菅原。似ても似つかないので行っといでと送り出す。


「ちぇっ」


 と拗ねたように尖らせた唇をぐっと近づけて来てのけぞる。


「あはは! びってる! 塩対応するから悪いんだよ〜」


 なんて爽やかに笑って、七瀬さんはチラシをもらいに行った。


 今までなら、ひっ、と声が出そうなものなのだけれど、最近の七瀬さんは本当に無害だから普通に顔が熱くなる。


「刈谷くん!」


 なぜか氷室さんも拗ねたように唇を尖らせていて首を傾げる。


「どしたの、七瀬さんのマネ?」


「うぅ、そう! 真似! だから私も……恥ずかしくて出来ない!!」


 氷室さんが照れて顔を逸らした時、名前が呼ばれた。


「刈谷くん、氷室さん、前に来て〜」


 どうやら俺は氷室さんと同じらしい。行こうか? と氷室さんの顔を見るとさっきの照れた感じはなくて、心底嬉しそうな花が綻ぶ笑顔をしていた。


「刈谷くんと一緒か、一人とか知らない人とじゃなくて良かった」


「そんなに不安だったの?」


「うん。YouTubeのショート見てたら怖い動画が回って来ちゃって……」


「あー、夏だし、心霊物も多いよね」


「ううん。街中でイケイケの外国人にパス出されてシュート打たされる動画。あんな明るい人たちからボール回って来たらと考えると怖くて。固まっちゃって空気悪くするのが怖くて……」


「……悲しいね」


「うん。だから刈谷くんと一緒に居れるのは嬉しい……んだけど、えーと、その、あのぅ」


 氷室さんが言葉に詰まったのでまた顔を伺う。


 氷室さんは赤くなったり、青くなったり、慌てたり、そわそわしたり、最後は俯いてもじもじとして


「嬉しい理由はそれだけじゃないかも?」


 と恐る恐る言った。

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