2章

放課後を無双せよ、ただし七瀬陽南乃に正体がバレてはならない1


 昼休み。氷室さんと、七瀬さん、そして俺で一つの机を囲む。


 この異常な取り合わせは、昨日友達になった昼休みから続いている。当初は好奇や羨望の視線などが向けられていたが、今は皆が順応したのでない。


 龍ヶ崎からは、嫉妬、怨嗟の目を向けられているけど。それはまあどうでもいい。


 昼食の最中、しばらく黙っていた氷室さんが立ち上がった。


「今日、遊びに行きたいです!」


 緊張していたせいか、氷室さんの声は大きかった。微笑ましいものを見るような目、くすくすと暖かい笑みをクラスメイトから向けられ、氷室さんは顔を赤くして俯く。


「刈谷くんは、ひまぁ〜?」


「ひまぁ〜」


 そう言うと、氷室さんは輝いた顔を上げる。


「やっ……」


「でも無理」


「じゃあ私も無理だ」


「えっ……」


 沈んだ氷室さんに冗談と言うと怒られる。


「扱い段々酷くなってない?」


「あはは。何だろう、氷室さん、カワイイんだもん」


「怒っていいのか喜んでいいのかわからないから、こ、困るよ」


 七瀬さんはあははと笑った。


「でもいいね。遊びいこっか」


「本当!?」


「うん。じゃあ待ち合わせでいい?」


 そう言った七瀬さんの目が妖しく光ったのを見て、ヒヤリとする。


 俺がくるみだとやはり勘付いている?


 だとしたら、お洒落な格好をさせて確かめにきてるのだろう。


 ならば、敢えてダサい格好をすればいい、というほど、ことは単純ではない。


 氷室さんには、キラキラの放課後を送らせなければならない。なのに、ダサい格好をした男が隣にいては台無しだ。


 だから、この話、飲むわけにはいかない。


「制服で行こうよ。そっちの方が青春っぽいよね」


「たしかに!」


 と氷室さんは乗ってくれた。七瀬さんもそんな氷室さんを見て、断ることはできずに、そうだね、と頷いた。


 よしこれでいい。これで七瀬さんに気を使わなくていい。氷室さんの青春をサポートすることだけに脳のリソースをさける。


「ああ、もう今から楽しみだよ!」


「うん! 私も楽しみぃ〜!」



 ***


 七瀬陽南乃 side


「ああ、もう今から楽しみだよ!」


「うん! 私も楽しみぃ〜!」


 放課後に遊ぶことが決まって楽しみだ。


 勿論、遊びが楽しみ、ということだけではない。


 氷室さんの裏にいる人間を聞き出す、刈谷優がくるみかを判断することも楽しみなのだ。


 私服で、という私の提案は断られたが、何ら問題はない。


 くるみの歌声で愛をささやいてもらう幻聴に、何度ぞくぞくしたことか。


 抱きついた胸板、首筋の香りを思い出して、何度溢れさせたことか。


 くるみに握られた手の感触を思い出して、何度耽ったことか。


 彼の特徴の記憶は鮮明だ。


 ふふっ。あとは遊びの流れで、一致しているか調べるだけ。


 一致していたらもう、ホテルに連れ込んでやる。


 ああ、もう興奮してきた。


「ちょっとトイレ行ってくるね」


 私はそう言って、立ち上がった。

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