第19話 忠誠心と絆

 堺商人の闇の会こと「閻魔会」の参加者は、闇将軍と呼ばれた越後忠兵衛の周到さに舌を巻くと共に恐れを成していた。


(小次郎)

 「それで、忠兵衛さん、わしらは何を手伝えばええんかいの

  う」

(忠兵衛)

 「皆さんには、本能寺に関する動きをできるだけ集め、私の筋

  書きに沿わない案件を悉く潰して頂きたい。呉呉も悟られな

  いようにな」


 閻魔会七人衆の長である忠兵衛は、各自に任務を託した。


(忠兵衛)

 「小弥太どんには、服部半蔵はんに繋ぎを取り、家康を三河ま

  で、逃がす段取りを。伊賀の里の方々にも協力の依頼をお願

  いします。半蔵はんを通して根回しは終えておますさかい安

  条頼みます。伊賀の者には家康に恩を売るいい機会だと、煽

  ってもらいたい」

(小弥太)

 「確約を取り付け、片付いたらどなたかの援助に向かいます」

(忠兵衛)

 「そうしてくれやす。蔵之介はんには光秀はんの動向を。そう

  そう、いざという時に用立てた光秀の影武者はいかが致して

  おります」

(蔵之介)

 「順調に仕上げております、ご心配なく。影武者役は、飢饉で

  苦しむ農家の者で、お決まりの借金地獄、娘を売っても足り

  ず、一家心中寸前の者を見つけ出しましたよ。それが背格好

  が光秀に瓜二つで。借金の肩代わりと家族の勤め口を用意し

  て、本人の了承を得て、みっちり光秀の模写を鍛錬させてお

  ります」


 近江蔵之介は元武家の知識人だった。これからは武術ではなく算術だと考え、あっさり家禄を弟に譲り、周りの大反対に耳も貸さずに商人となった変わり者だった。


(忠兵衛)

 「それは良かった。では、念押しとなりますが、溝尾茂朝と繋

  ぎを取り、影武者が見破られないように注意を払ってくださ

  れと重ねてお願いしておきますわ。長七郎はんには、後で、

  お願いしたいことがありますさかい、残っておくれ。新右衛

  門はんには、秀吉はんの動向を。秀吉はんは、斬新な動きを

  見せはるから、人数を多く割いて、対応してくだされ。人員

  は皆さんが雇われている優秀な探偵を共有して使わせて貰い

  ますさかい今回に限っては私に預からせてくだされ」

 

 一同が頷いて見せた。忠兵衛は仲間を頼もしく思っていた。商売人として孤独な生き方を送っていた。命を狙われたことにより同じ境遇の者がいる事を知り、内々に声をかけ協調性のある者のみを選出し、閻魔会を作った。閻魔会の名前は借金を負った大名らがつけたもので実際は互助会そのものだった。


(忠兵衛)

 「新右衛門はんには、万が一を考え、密偵を落ち武者狩りの村

  に送り、活きのいい奴を探り出し、噂、情報を流し易いよう

  に準備しておいてくだされ。重信はんは、本能寺の堀の確

  保、脱出後の信長はんの護衛とイエズス会に出向き渡航への

  段取りと誘導の詰をお願いしたい。私は、光秀はんが謀反

  後、頼りするであろう関係者へ追随するなの根回し強化を受

  け持ちまっさ。では、早速、取り掛かっておくれ」


 軍配師役の植野長七郎、情報収集・交渉役の宮本小次郎。元武家の知識人・近江蔵之介。武闘派の成田重信。接待役で舌の肥えた田崎新右衛門。興行役の鴨家小弥太。閻魔会七人衆は、それぞれの役割に疾走した。長七郎を除いて。

 

 閻魔会が囲う忍びこと探偵は、金と武将たちの人脈で得た優秀な人材だった。しかし、その殆どが忍び里の掟を犯した者、雇い主の依頼に失態し職を失った者だった。行くあてを失くした者から才能のある者を見出し、再教育を施した。金銭で裏切られないように高額な報酬を与えて。

 また閻魔会は、実際には存在が定かでない女の探偵も育て上げていた。彼女たちは、体を張って寝物語宜しく、男を誑かし情報を集めたり、企て通りに誘導することが主な任務だった。

 「閻魔会」への裏切りは、死を意味する厳しい掟の中での従属だった。

 「閻魔会」の考え方は、特殊だった。雇われる者、雇う者の壁を排除し、利益は成果を上げた者には惜しみなく与えた。厳しい規則でなく、雇われる者が自ずと雇い主に忠誠を誓うような組織作りに力を注いでいた。それは、従来の雇用関係で忠兵衛を始め、他の者も裏切りや命を脅かされる危険な目に会って学んだことだった。


「絆」とは縛ることにあらず。敬い、奉仕する気持ちが、自然に生まれてこそ強き「絆」となる。と行き着いたものだった。だからこそ、信頼を裏切る見返りには、容赦のない仕打ちを下していた。






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