第35話 奇想天外の進言

秀吉「半蔵殿、質問の意図がわからぬが」

半蔵「秀吉様ならご存知のはず。光秀が戦に勝つことを願い、首から下げております

   守護念仏像を」

秀吉「おお、あれか、存じておる。それがどう致した」

半蔵「光秀にとっては勝ち戦に欠かせぬ物。それを持たずして、秀吉様と戦った。そ

   れは光秀が秀吉様に鼻から勝つ気がなかった証。私はそう思っております。家

   康様はすぐにでも秀吉様の援軍に伺うと立ち上がるのを私がお止め申した次第

   で」

秀吉「如何に思い止めた」

半蔵「主君の仇討ち、必ず秀吉様であれば成し遂げられるはず。天下の功績は秀吉様

   だけのものであり、他にあらず、と思い差し出がましい行いを致しました」

秀吉「そなた…。半蔵殿、有り難く、その気持ち頂きましたぞ」

半蔵「恐れ多いことで御座います」

秀吉「何か褒美を取らせまいとな」

半蔵「ありがたき幸せ。では、ふたつ、願いを聞いて頂ければ幸いです」

秀吉「苦しゅうない、言うてみぃ」

半蔵「はっ。守護念仏像を持たずに秀吉様と戦った。即ち、秀吉様を討つ気がなかっ

   たと思われます。それなれば、明智軍にはお咎めなきよう、筋違いであります

   がお願い致し候。明智軍においては光秀の首を隠蔽することも出来たはず。し

   かし、それをしなかった。反撃の意志はないものと見受けられますゆえ」

秀吉「…、目に見えて歯向かわなければ、捨て置く」

半蔵「流石、秀吉様、聞きしに勝る懐の深さ、感服致しまする」

秀吉「それで、あとひとつとは」

半蔵「ここへ私が参ったこと、家康様には何卒、ご内分にお願い申し上げまする」

秀吉「何故じゃ」

半蔵「私が命じられたのは明智の動きを探ること。このような差し出がましいことを

   致せば家康様のお怒りを買うのは必至。何卒、何卒、お願い申し上げまする」

秀吉「わかった。そなたとは会っておらん。それで良いな。皆の者も良いな」

半蔵「有り難き幸せ。あっ、私としたことが忘れておりました。後ほど、詰所から使

   者が参りましょう。その者に申し付けて頂きたいことが御座いました」

秀吉「何か…、言うてみぃ」

半蔵「次期信長様を伺う輩に秀吉様の邪魔をされないように、首実検の徹底を。と言

   いましてもその首、損傷が激しく見受けられました。そこで、光秀血縁の者、

   光秀に近しい者、親しくはないが知っている者の三者に首実検をさせて頂きた

   いのです。私の経験から、持ち物が決めてになるかと。守護念仏像は私の調べ

   では、蘆山寺にありまする。ならば、鎧、兜などが決め手になるかと」

秀吉「相分かった、そのように伝えるぞ」

半蔵「あと、光秀の首は、持参した者に返し、葬るように命じて頂ければ、流石、秀

   吉様となるかと存じ上げます」

秀吉「ふむ、それも、聞き入れたぞ」

半蔵「では、私は本来の任務に戻らせて頂いて宜しいでしょうか」

秀吉「戻って良し」


 服部半蔵は、速やかに秀吉の元を去った。


 「欲のないやつ。家康は、良き家臣を持っておるな。私が天下を取った暁には、あの者を召し抱えるとするか、あはははははは」


 秀吉は上機嫌で、半蔵の残像に思いを馳せていた。 

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