第39話 悪夢
光秀 「この期に及んでなんだ、安土城に送り届けるってことか。当然の結果だ。そ
なたらの組織力はよう分かった。私も悪夢と思い、忘れるは、そなたらも忘
れられよ。それが、お互いのためだ」
光秀は無駄だと思うも強がることでしか現実を見つめられなかった。夢なら覚めてくれ、空しい希望は儚くも弱弱しい今の自分を投影していた。
忠兵衛「残念ですが忘れて頂くのは、光秀様の方で御座います」
光秀 「何を…何を言っておる」
忠兵衛の落ち着き払った口調は、これからの自分の
忠兵衛「まぁまぁ、報告があると、申しましたな。それは、明智光秀様が先頃未明に
亡くられた、ということです」
光秀 「ば・馬鹿を言え、私はこうして生きて…、まさか…」
光秀には考える時間はたっぷりあった。忠兵衛が手を打ってあると言っていたこと信頼していた斎藤利三が蛇に飲み込まれた蛙の如く忠兵衛に頭が上がらなかったこと。それらを鑑みて誰かが身代わりになり、与り知らぬ所で事が進んでいるのではないか…。その芝居が結末を見たのではないかと心の臓が握りつぶされる思いだった。
忠兵衛「そのまさかで御座います。坂本に向かう道のりの小栗栖で、落ち武者狩りに
会い、槍で一刺しされた。一応、自害ということになっておりますけどね」
光秀 「一応とはなんだ」
忠兵衛「一応対面をというものを配慮したつもりですが。野党に襲われて一巻の終わ
りではあまりにも惨めでっしゃろ。正直、あんさんの死様なんて興味などあ
りまへんわ。とは言え、後々に遺恨を残すのも目覚めが悪い。ということで
の配慮だす。今更訂正などできまへんわ。事実は一刺しされた傷は致命傷で
してな、溝尾様が介錯なされたというわけです」
光秀 「茂朝が、それで茂朝はどうした」
忠兵衛「茂朝様はその後の処理に動いて頂いております。筋書きにない忠心で長友慎
之介様と小松善太郎様は、光秀様のお命大事とは言え、拉致したこと、影武
者であっても光秀様を介錯しに手を貸した事と真実を闇に葬るために自害な
されました。本当に良き家臣をお持ちになりましたなぁ」
光秀 「何と…。慎之介、善太郎が…、済まぬ、済まぬ…」
光秀は、溢れる涙を人目も憚らず流し、その場に崩れ落ちた。部屋は、光秀の嘔吐の如き苦悩のうねりに支配されていた。その叫びが収まり、すくっと立ち上がった光秀は、憑き物が落ちたように生気を失っていた。
忠兵衛「光秀様、貴方が今後、生きていると主張なされば、長友様、小松様、更に訳
も分からぬまま死んでいった影武者の命を無駄にされるばかりか光秀死す、
で収まりかけた世相をまた、混乱の戦いの渦へと誘う結果となりまする。細
川家もただでは済みますまい。それでも戦の渦へとお戻りになりまするか。
また、多くの尊い命を土の肥やしになされますか」
と、恫喝するようにに語気を強め光秀を諭した。光秀は膝を強く握りしめていた。
忠兵衛「あなたが儂は生きていると姿を現せば、秀吉が黙っていますまい。さらにこ
れを好機と考え、他の者も一旗揚げようとあなたの命を狙うでしょう。敵は
作れど味方など作れますまい。それでも存在を誇示されたいか。そうそう、
謀反の引き金となった長宗我部元親をまた窮地に追い込まれますか」
光秀 「最早、私は、生ける屍か」
忠兵衛「左様で御座います」
光秀 「残酷な事をさらりと言ってのけるものよな、そなたは」
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