第51話 安泰で進む崩壊

 忠兵衛は明智光秀を南光坊天海に仕立て上げる準備を整え、一息ついていた。信長亡き後、織田家一の重臣・柴田勝家を1583年賤ヶ岳の戦いで倒し、石山本願寺の跡地に大坂城の築城を始め、度量衡を統一し、全国に役人を派遣して土地の生産力を石高で算出、税収の安定徴収化を図った。また、農民から武器を取り上げ農耕に専念させることで一揆を防いだ。戦国の世の中から安定した社会を築くために構造改革を行った。1585年には本能寺の変の切っ掛けともなった長宗我部元親を下して四国も平定し、関白に就任、翌年に正親町天皇から豊臣姓をもらい、太政大臣(朝廷の最高職)に就き、天下人であることを全国に響き渡らせた。

 秀吉は忠兵衛たちが思っていたように着実に天下を我が物にしていった。そのお陰で世は安泰し、忠兵衛は次なる目標に全力を注げる余裕さへ感じられていた。人の噂も七十五日と言われるが、明智光秀が起こした衝撃を払拭するにはあまりにも短すぎる。忠兵衛は秀吉に逆らう余裕も実力もない事は重々承知。事の成り行きを我が目標から大きくそれない事のみを注視して、各大名に配置した密偵からの情報を収集していた。秀吉は秀吉で我が政権を継続するため五大老(徳川家康・毛利輝元・前田利家・宇喜多秀家・上杉景勝)・五奉行(浅野長政・石田三成・増田長盛・長束正家・前田玄以)に委ねていた。忠兵衛は家康の側近である服部半蔵を通じて、大人しく秀吉に従い内部から政権崩壊を目指す方針を基盤において動くように調整に暇なかった。時が動き始めた。前田利家の死去などにより、その勢力図が大きく崩れ、徐々に家康が頭角を現し、豊臣政権の政務を取り仕切るようになってきた。忠兵衛は家康に次期政権を引き継ぐであろう嫡男・秀頼を取り込むように半蔵を通じて家康に伝えさせていた。秀頼は職務に忙しい秀吉より君主としての身の振り方や考え方を家康から学び家康への信頼を高めていた。

 その頃、秀吉の足元で不穏な空気が渦巻き始めていた。秀吉に幾度も振り回されていた戦国大名・浅井長政と、織田信長の妹であるお市との間に三女として誕生したお江(後の崇源院)は強い権力を得ていた。浅井長政とお市の娘達、長姉の茶々のちの淀殿、次姉のお初のちの常高院、そしてお江は「浅井三姉妹」と呼ばれていた。織田信長・徳川家康連合が浅井氏の小谷城を攻撃。戦いに敗れた浅井長政は、浅井氏最後の当主として自らの手でその命を絶っていた。本能寺の変で織田信長が自害。織田信長の嫡子である信忠も切腹し、織田家の後継者や領地をどうするか、決める必要があり開催されることになったのが清洲会議だった。清洲会議によって、お市が柴田勝家と再婚することになり、お江を含めた三姉妹は越前北ノ庄に移った。一安心と思ったのも束の間、賤ヶ岳の戦いで二度目の落城を経験する。追い詰められた柴田勝家とお市は、夫婦揃って自害。幼い三姉妹だけが取り残され、賤ヶ岳の戦いで勝利を収めた豊臣秀吉はカリスマ性のある織田信長の威光欲しさに保護した。

 1584年(天正12年)の小牧・長久手の戦いで、豊臣秀吉と徳川家康は火花を散らす対立関係にあった。そんな状況下にもかかわらずお江の夫・佐治一成は、徳川家康が戦いを終えて三河に帰国する際、船を提供してしまった。秀吉の逆鱗に触れ離縁させられ、秀吉の甥・羽柴小吉秀勝と結婚。後に難癖を付け離婚させ、家康を臣従させるため家康の嫡男・秀忠と結婚させられた。秀吉の養女となったお江は秀吉の政略に踊らされ幾度も婚姻・離縁を繰り返していた。

 秀吉に不遇を背負わされたお江は父・浅井長政と織田信長の勢力の復権を恨みが変貌した憎しみと化し、血縁関係が発覚した家臣と結託し、秀吉の食事にヒ素を混入させ葬る計画を実行。忠兵衛は密偵を通じ、ヒ素を彼らに流していた。この計画は半蔵を通じて家康にも伝えられていた。(詳細は「裏歴史奇行!怪説・黒衣の宰相・天海(光秀は三度死ぬ)」終盤を推奨)


 「そろそろですな」と忠兵衛は天海として光秀を再びこの世に送り込む計画に拍車を掛け始めていた。とはいっても、これは半蔵の仕事。忠兵衛は後方支援に徹し、家康天下に備えていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る