第52話 奇遇

 一段落した開放感が忠兵衛を遊郭に向かわせた。と言っても遊びが目的ではなく、遊郭を営む楼主たちから景気のいい大名を聞き出すためだった。久々に訪れた遊郭の変わらない煌びやかさを謳歌し熱心に通う不届き者を聞き出した。その詳細を探るため翌日、ゆっくり話すために気になる情報をくれた店開き前に懇意の遊郭に訪れていた。ひと仕事終えた油断か気の緩みか活気のある一画の様子に周囲に上の空だった。パッシャ。忠兵衛の膝元に下女が砂埃を抑える水撒きの水が掛かった。忠兵衛の付き人が直ぐに下女を抑え込んだ。「待ちなさい、待ちなさい」と忠兵衛はにこやかに付き人を諫めた。すると下女は虫の居所が悪かったのか忠兵衛に向かって「田舎者みていにぼ~としてるから悪いんだ」と反抗してきた。「黙れ」と付き人が怒りを表すのに反して忠兵衛はにこやかに「元気があっていいなぁ、羨ましいわ」と対応した。

 その下女は奇しくも忠兵衛が訪れようとしていた楼主・佐吉の店の下女のおみねだった。楼主・佐吉にたぶらかされて元服、間もない青年の初恋をこじらせて全てを失わさせる過去を持っていた。(この物語の詳細は「この世の花に魅せられて、今はあの世で生き候」を推奨)

 忠兵衛は、おみねをチラッと見て店に入って行った。おみねは佐吉に怒られると覚悟していた。ドキドキ、もじもじ。落ち着かない時間はたまらなく不安な居心地だった。暫くして佐吉が血相をかいて飛び出してきた。

 「おみね」その声でおみねは首が肩に捻じ込まれるような脅威を感じた。ところが様子が異なっていた。佐吉が自分を呼ぶ声に怒りどころか驚愕な口調を感じたからだ。

 「おみね、驚くなよ。忠兵衛様がお前を見受けすると言われてな、お前の許しを請われている」と言われても下女の私が見受け?確かに将来、姉さんたちのようになるのではと言う思いはあったがいきなり見受けとは理解できなかった。

 佐吉が興奮しながらおみねに事情を話した。忠兵衛が曰くには直感でこの娘は面白いと感じられたそうで見受けして花魁に育て上げ、高貴な客の反応を楽しみたいということだった。「おらは品物か」と身勝手な言い分におみねは腹立たしく感じていた。佐吉はおみねの気持ちを察して補足した。


佐吉 「おみねが不振がるのも仕方がない。花魁などなろうと思ってなれるものでは

    ない。しかし、忠兵衛様はお前が思い描けないほどの有力者でな、名高い大

    名も一目置く存在のお方じゃ。その忠兵衛様が最後の道楽としてお前に大金

    を掛け武家に養女に出し博を点け、行儀見習いや芸事を習得させ、ある仕掛

    けを施して東西一の花魁に仕立て上げるとおっしゃっているのよ」

おみね「そんなこと出来る訳ねぇ」

佐吉 「出来ないことを成し遂げられるのが忠兵衛様よ。下女の年期が開けてもお前 

    は相手を選べない女郎になるだけ。例外はあっても相手を選べる花魁など夢

    のまた夢。千載一遇のこの機会を逃す手はないぞ」

おみね「おらを買ったのなら忠兵衛さんとやらが好き勝手にすればええ」

佐吉 「私もそう言ったが忠兵衛さんはお前の意志でのし上がってやると思わなけれ

    ば意味がないと申されてな、どうだこんな扱いは夢でしかない」


 おみねは佐吉の興奮に対して覚めた思いで受け取っていた。脳裏にはお世話をしている姉さんたちが病気で亡くなるの末路が走馬灯のように幾重にも思い起こされていた。その末路が自分の末路と未来に絶望していただけに光明が差した今を信じられないでいた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る