第53話 代償

 奇想天外の話におみねは困惑しながら、からかわれていると憤慨しながら佐吉に対応していた。埒が明かないと佐吉は忠兵衛に直接、会わせることにした。


忠兵衛「おお、来たか。話は佐吉さんから聞いているな。で、どうだ、返事は」

おみね「気が短いのは嫌われるだ」

忠兵衛「おお、久しぶりに聞いたは苦言、おお、新鮮新鮮。それでどうする返事は。

    好機はその場で決断しないと逃すのが定番。商才のない者はいらん」

おみね「忠兵衛さんとやら出されたお茶が冷めているだ。好機を逃したな」

忠兵衛「これは一本取られたな。うん、益々気に入った」


 おみねは直感でこの爺さんは面白いと警戒心を捨てた。下女の自分を対等に扱い好き勝手に扱うのではなく、自分の意思を尊重してくれるのが卑下されていた日常に反し心に熱いものが咲く思いがしていた。そう思えると決断は早かった。戻るも地獄、行くも地獄ならまだ見ぬこれからに掛けてみることにした。


おみね「うん、決めた。好きにすればいいだ」

忠兵衛「おお、受け入れてくれるか、そうかそうか」


 忠兵衛はすぐ佐吉と契約を交わし、条件をつけ大金を渡した。忠兵衛が出した条件とはおみねに行儀見習いを行った後、佐吉の店の花魁として在籍させ、客は忠兵衛が認めた者だけという密約だったが佐吉にとって断る理由などなかった。


 時が経つのは早く忠兵衛を介して大名家におみねが行儀見習い、芸事に勤しんで一年が過ぎた。おみねは忠兵衛の隠し子として預けられていた。久々に会ったおみねは鬼も十八、番茶も出花で見違えるほど垢抜けて物腰も口調もしなやかに落ち着きのあるものになっていた。しかし、忠兵衛が向かいに来たことは武家の娘から遊郭の女になる時期が訪れたことを意味していた。おみねにとって夢のような生活から現実に戻される非情とも言える定めだった。しかし、おみねは忠兵衛に会って夢が覚め、それが自分に課せられた運命と清々しい位に割り切っていた。

 おみねは預けられていた大名家を忠兵衛と共に用意された籠に乗り、佐吉の遊郭に戻った。「ああ、あの忌まわしい生活が始まるんだ」と自分の運命を恨みもしたが再度、運命だから仕方がないと自分に言い聞かせていた。おみねは驚いた。通された場所は真新しい一画だった。


佐吉 「ここがお前の新しい居場所だ、忠兵衛様が用意してくださったのよ」


 おみねは、色香が入り混じる場所から隔離されたような空間を用意してくれた忠兵衛に感謝の気持ちを抱いていた。その感動に冷水を浴びさせるような発言が忠兵衛から発せられた。

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