第50話 新時代の兆し

 織田信長を奇襲した謀反者とされる明智光秀を救出?確保して越後忠兵衛は至極の道楽を手に入れた興奮に酔っていた。根本中堂の離れに天海の隠れ家を用意したが一度も立ち寄ることはなかった。忠兵衛なりに変貌の驚愕を味わいたったからだ。

 しかし、気になるのも確か。そこで定期的に書籍や金数を届ける者を特定し、変化を茶飲み話で聞くのを楽しみにしていた。秀吉の時代になり、商人たちはより自由に商売を拡張し資産を増やしていた。

 忠兵衛も特異な関係を裏側で作り得たことを充分に活かし異国との貿易を盛んにすると共に有力な大名との関係構築を図り、特産物の販売権を獲得しつつ、金銭を貸す商いを充実させていた。天下の参謀として何が必要かを考え全国行脚に出かけるのも楽しみの一つとなっていた。

 移動には自前の商船を使い、関係を築いた大名と藩の政策を話すのは忠兵衛にとって大いに刺激を受けるものだった。特に東北にいた伊達政宗の異国への思いやそこに出入りしていた宣教師との話は厳しい航路の辛さを乗り越える刺激があった。また、政宗のようなオッドアイを持つ者や宣教師のような肌・毛・目の色や体格の違う人間と接するのが楽しくて仕方なかった。

 世の中には知らないことが沢山ある。しかし、知ろうとしなければ知らないまま生涯を終えることは美食を知らないより忠兵衛には掛け替えのないものになっていた。珍しい物を見つけては天海の元へ送るのも楽しかった。

 秀吉の時代になり、商人は安定した環境で商売を営め、「これでいいのでは」と心が折れそうになることもあった。しかし、よくできた親に対し、好待遇を受けた子に荒波に耐える資質が育ちにくく、秀吉も例外ではなかった。平穏は実務の経験が乏しく感情で政権に参加したがる女性が混乱を招く傾向が強くなる。秀吉政権も例外ではなかった。それを目にして忠兵衛は「初心忘れず」を改めて噛み締め地雷を抱えていた。忠兵衛は秀吉の傍に潜入させている密偵から秀吉暗殺の情報を得ていた。それはなんと信長の血縁者であり秀吉を殺めようとすればいつでもできる近場にいた。彼らは秀吉の食事にヒ素を混入させ、徐々に秀吉の体調を悪化させていった。

 忠兵衛は待ち望んだ転機が間もなく来ることを確信し、家康の信頼を一途に受けている服部半蔵に繋ぎを取り、家康へ元へ天海を送り込む手立てを急がせた。家康も転機を密偵から知らされ、秀吉の息子である秀頼を積極的に取り込むことに熱意を込めていた。


忠兵衛「流石、家康様、抜かりが御座いませぬな」

半蔵 「秀吉暗殺準備が進んでいると報告した途端に次期政権を睨み動かれました。

    ただ、気がかりなことは寿命だと申されて、苛立ちは隠せないようで」

忠兵衛「こればかりは金ではどうにもなりませぬからな。不死の薬は噂のものばか

    り。日頃の食事に注意するしか成す術がない。ここは神仏に頼るしか御座い

    ませぬな。天海様には日常勤行式に勤しまれるよう願い出ておきますか」

半蔵 「苦しい時の神頼みか」

忠兵衛「縋れるものがあれば何なりと取り入れるのも商いの術。やらぬよりやらぬ後

    悔の方が悔やまれます。時を惜しめば我が苦に降り注ぐのも商いの常套だ

    す。手間を惜しんでいては商いはほうかいですわ」

半蔵 「商人あきんどは何事にも抜け目なしですな」

忠兵衛「目先の利益に踊っていては足元の地盤沈下に気づけない。気づいた時には抜

    け出せない沼地に足を踏み入れているのですよ。思いがけないことが起きた

    と慌てるより、慌てないための手立てを打っていくことです」

半蔵 「無駄な努力はないと言う事ですね」

忠兵衛「敗者には敗者の理由がある。その理由から目を背けぬこと」

半蔵 「学ぶべきことは多いようですな」

忠兵衛「備えあれば患いなし、ですよ」

半蔵 「そうですな」

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