第07話 裏・本能寺の変

 光秀は、忠兵衛の予想通り本能寺から引き離された。それを確認した後、家康を監視していた密偵から、家康が本能寺に向かわず堺遊覧に向かったとの報告が入った。信長は、気づかれたかと思いつつ暗殺隊を堺に向かわせた。その隊に加わるように光秀の隊にも使者を用いて指示を出す。その使者を光秀は、指示を聞いた後、その場で切り捨てた。信長からの家康暗殺依頼を聞き、光秀の謀反への決意は揺るぎないものになった。光秀は側近のみを集め決意を吐き出した。その思いは、側近から隊に伝えられた。普段から虐げられている境遇を憂いていた家臣たちは、意気揚々と本能寺に向かった。

 光秀隊の内偵に当たっていた忠兵衛の忍びは、伝令に光秀・謀反と伝えた。幾多の伝達者を通じて本能寺の忍び頭の政孝に。政孝は、信長の側近・弥助や忍びの里から選抜された有能な協力者に現状を報告し、企ての遂行準備を急がせた。

 弥助が信長の付き人の蘭丸に繋ぎを取ろうとしたとき、本能寺の周辺が俄かに騒がしくなっていた。馬の嘶き、蹄の音、兵の足音に信長は、浅い眠りから覚めた。そこに蘭丸が飛び込んできた。


信長「謀反か。旗印は」

蘭丸「水色の旗地に桔梗紋で御座います」

信長「明智か…。うん、蘭丸、手筈通りに。焦るでないぞ」

蘭丸「はい」


 信長は忠兵衛から事前に聞いていた筋書きをもとに大芝居を打つ選択肢しかなかった。信長に喉から手が出る程、欲していた茶器があった。博多の豪商、島井宗室が手に入れた楢柴肩衝ならしばかたつきだ。忠兵衛は、茶器を所有する島井に、信長は欲しい物を手段を選ばず手に入れる。命、危うしと脅しを交え話をつけ高額で譲り受ける段取りを終えていた。それを餌に信長と密談を得る。忠兵衛は、異国との貿易や諸国の珍品を信長に献上し関係を深めていた。信長の性格を掌握した忠兵衛は突飛のない提案を信長にした。それは、異国での新たな生きがい探しだった。先読みに優れていた信長は天下取りの道筋が見えた事に退屈し、その苛立ちを光秀や諸大名に向けていた。忠兵衛は信長の苛立ちの本質を見抜き、異国での生き方を四方山話に加えていた。その際、家康暗殺、イエズス会、光秀の動きを真しやかに信長の耳に入れていた。その判断の是非の鍵となる光秀の謀反が信長の目前に迫っていた。

 多勢に無勢の中、生か死かの選択を信長は、迫られていた。名立たる武将の決断は早かった。無駄死になど選ぶ価値なし。新たな道があるならば、その期待に新たな生き方を見出す。信長は、半信半疑で芝居の内容を聞くように忠兵衛の戯言に付き合っていた。信長も忠兵衛の性格を熟知していた。命を落としかけない提案を動じず話す忠兵衛の確信を本物と悟っていた。それは、光秀の決意によって現実味を帯びた。

 決意が定まれば遂行に長けるのが武将。信長は人生最大の大芝居を愉しむことにした。忠兵衛の企て通り、怪我をしない程度に弓矢、長刀で反抗し、頃合いを見て油を撒き炎上させ、炎の幕を隠れ蓑に脱出する。信長にとって久々の心躍る時間となる。

 目を覚ました後、忠兵衛が鉄砲鍛冶屋に刀の鉄調合を用い特別に作らせた鎖帷子くさりかたびらを装着し、夜衣を着た。弥助は明智軍が侵入する前の中庭に油を縁側に平行に撒いた。明智軍が戸を叩き開いた瞬間、弥助は油に火を放ち炎の防壁を作った。それでも加担に攻め込む兵を弓矢で応戦し、次いで長刀で応戦。


信長「忠兵衛が言っておったな。鎖帷子で防げぬは儂の運の尽

   き、と。面白い、我が闘争に悔いなどないわ」


 信長は窮地を愉しんでいた。「鉄砲隊前へ」の号令と共に兵が引き、鉄砲隊が前列に。鉄砲の的中率は甚だ悪し。流れ弾に当たるは運の良し悪し、と。炎の壁は的中率を下げる距離に作られていた。全て、鉄砲を知り尽くした者の指示に従ったものだった。応戦に用いていた長刀が折れた。落胆を感じる間もなく、一発の銃弾が信長の左腕に敵中。「殿~」と焦る蘭丸を制止、障子を閉めさせ油を撒き火を点けさせた。

 「おお~」明智軍は怯む瞬間、炎の隙間から正座し、切腹する信長を目撃する。光秀はその様子から「近づくでない」と兵の安全とこの炎と切腹では信長は助かるまいと判断し、状況を見守る事にした。明智軍の重臣・斉藤利三は「信長、女に扮して逃げるやも知れぬ。しかと調べられ~」と激を飛ばした。

 炎に包まれる本能寺。逃げ出してくる女中をつぶさに調べ、逃がす。逃げ延びた女中の中には、炎の中、大柄の黒い男が白衣を着た男を背負って逃げて行くのを見たという者もいたが明智軍には届かなかった。

 信長と親交のあった阿弥陀寺の清玉上人は本能寺の異変に気づき訪れるも、明智軍に行く手を阻まれた。しかし、本能寺を熟知する清玉は壊れた垣根を知っており、そこからこっそり中庭に入った。燃え尽きようとする本堂には近づけない。ふと最寄りの大木を見るとその根の付近に落ち葉の盛り上がりを発見。一部を手で払うと白衣を着た男の亡骸があった。清玉は「信長殿の身代わりか。しかし、摺り替えに間に合わなかったのか」と咄嗟に感じた。清玉はすぐさま寺に戻り、人員を工面し、戸板を持たせて戻ってきた。戸板に亡骸を載せ、それを隠すように仏具や経本を載せた。明智軍の兵に見つかるも「この罰当たり目!」と一喝し、その場から離れることを成し遂げた。持ち帰った亡骸を本能寺で亡くなった信長として葬るため火葬にし、その骨を埋葬した。

 この一部始終を見ていた政孝は、詳細を記憶に留めていた。

 一方、抜け穴から近所の空き家に生き延びた信長・蘭丸・弥助。三人を導き非難させたのは、閻魔会の忍びの者たち。彼らは手早く、三人を米俵の中に押し込み、三台の荷車に載せて、九条にある東寺へと走らせた。

 東寺で待ち受けていたのは忠兵衛一行だった。信長の怪我を知った忠兵衛は、同行させていた蘭学医に治療を急がせた。幸い弾は貫通しており、化膿止めと包帯の治療で事なきを得た。無傷の弥助は信長を介助しながら東寺の最上階へと進んだ。


忠兵衛「御無事で。ほんに運を持たれておりますなぁ、信長様

    は」

信 長「この鎖帷子がなければ危なかったわ」

忠兵衛「それは良かった。ほれ、見なされ、あれを」

信 長「今頃、光秀は儂の亡骸探しに翻弄しておろう」

忠兵衛「そうだすな」

信 長「ううん、蘭丸がおらぬが」

忠兵衛「腕と足に軽いやけどを負っておりましてな、治療中だ

    す」

信 長「そうか。そうだ、信忠は無事か」

忠兵衛「援軍、間に合わず、でした」


 忠兵衛たちは、跡継ぎ問題を考え、信長からの信忠救出要請を反故にしていた。

 重い沈黙が、静かな京の都の静けさと相まって悲壮感を漂わせていた。そこへ政孝が合流し、報告を受けた。本来、替え玉の亡骸を明智に見つけさせ一件落着を狙ったが清玉上人の登場で事後処理に余計な手間が増えたと嘆きつつも、企て必ずしも定まらず、と意に関せずの懐の大きさを見せつけていた。


 信長たちは暫し休息後、早馬と早籠で堺港を目指した。堺港に着いた信長一行は人生一転の疲れを取り、インドに向けて出港する船に乗り込んだ。


忠兵衛「奇想天外のお人やった、信長はんは」

政 孝「これから信長様はどうなさるのでしょう」

忠兵衛「そんなの知りますかいな。あの人の事や運が良ければ異

    国で新たな目標をつけ大暴れ。運が悪ければ、海の藻屑

    と消えなさるだけよ。厄介者を排除できた、それで宜し

    い」

政 孝「はい」



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