第24話 予定外の出来事

 紅蓮の炎の中、生きているはずのない信長の亡骸を確認できなかった。忠兵衛たちの画策など露知らず。実は焼け跡から忠兵衛たちが明智軍に忍ばせた者によって替え玉の二体の亡骸を中庭に運び出させている。そこで予想外のことが起きた。秀吉の動きに合わせて遺体発見を行い、秀吉を押さえつけようとしたが突飛のない備中大返しも事前に突き止めていた忠兵衛たちだったが「まさか」を実現させた準備に暇がなかった秀吉は想像通りの切れ者であり、敵に回すのには骨が折れるどころか命の危うささへ感じさせられていた。虫の知らせというのか当初の予定を大胆に変更せざるを得なかった。

 忠兵衛は替え玉の遺体を隠すことで成り行きを見ることにした。密偵を信長と親交のあった清玉上人のもとに走らせた。信長の危機を知らされた清玉上人は通いなれた本能寺に出向く。見た目では分かり難い塀の脆弱な部分を蹴り倒し、中庭に入った。

そこで目にしたのは数人の足軽が焼死体に藁を掛けて、傍で佇んでいる光景だった。


清玉上人「それは」

足軽  「信長様と蘭丸かと」

清玉上人「なんと。これは仏だ。仏は私の領分。手出し無用」


 そう強く叱りつけるように一喝すると頭部を足軽に切らせ、法衣を脱ぎ、頭部を包み寺へと持ち帰った。清玉上人は咄嗟に信長の死を隠蔽することと敵方の光秀に渡すのが惜しまれたからだ。時間が経てば光秀の足軽が簡単に遺体の一部を渡すはずもなかった可笑しさに気づくが混乱の中、不審に思う余裕などなかった。

 度重なる異変に翻弄される光秀は「信長を討った」という証を手に入れられず、交渉の切り札を手にできずに苦戦を余儀なくされた。

  運気は一度、坂を転げ落ち始めると歯止めが効かない、それが世の常。やる事なす事、裏目裏目の儚さに、光秀は落胆の色を隠せないでいた。


 6月11日、光秀は慌てて下鳥羽に出陣し、秀吉軍を迎え討つため、淀城の修築を始めたが時既に遅し、は否めなかった。確かなものも脅す策もなく、他人の思いを憶測で動いた光秀は、後手後手に周り、上手の手から水が漏れる状態だった。


 6月12日、秀吉軍は摂津富田に着陣、池田恒興・中川清秀・高山重友ら摂津衆の武将、堺泉州の天王寺屋宗及ら商人たちも続々と駆け付けていた。

 光秀にはもう打つ手がなかった。残すは信長に京を追われた先の将軍足利義昭を担ぎ出すしかなかったのです。しかし、こともあろうか義昭が身を寄せる毛利氏は、今まさに秀吉と和睦が成立したばかり。一縷の望みも泡と消え去った。


  6月13日、光秀にとって厳しさを予感させる激しい雨の中での京都・山崎の戦い。

 巳の刻(午前十時頃)信孝と合流した秀吉は山崎に布陣。

 光秀は、御坊塚に本陣を置き、斎藤利三・柴田勝定らを先手とするが、明智軍勢1万6千に対して秀吉軍は、4万に膨らみ、多勢に無勢の戦となるのです。

 況してや秀吉軍には、謀反によって殺された主君の遺児・信孝を押し立て、恩顧の家臣が弔い合戦を挑む、と言う心奮い立たせる大義名分がある。これでは、戦うまでもなく勝敗は、明らかな状況で御座いました。


 「隊に疲れが見え始めておる」

 「何をおっしゃる我等、光秀公の為ならば死ねまするぞ」


 斎藤利三らを筆頭に強い結束で、一進一退の攻防戦を展開していた。しかし、劣勢な状況からは抜け出せないと考えた光秀は、決断を下す。


 「撤退じゃ、撤退。隊を立て直そうぞ」


 その思いとは裏腹に光秀は、窮地に追い込まれる。明智軍は総崩れとなり、光秀は近くの勝竜寺城に逃げ込むのです。しかし、羽柴勢の追っ手は確実に光秀の首へと近づいていたのです。緊迫するこの状況を最も冷静に捉えていたのは、斎藤利三だった。何とかしなければ殿の命運は尽きる、その思いが利三を支配していた。もう、そこには再起と言う夢物語はなかったので御座います。


 これ以上の深入りは、見す見す敗戦を余儀なくすると考えた斎藤利三は、明智光秀と溝尾茂朝、木崎新右衛門に密談を持ちかけた。


 光秀は、坂本城から安土城へへ向かおうと考えていた。篭城戦に持ち込み、長期戦になれば、叩き上げの羽柴秀吉と家柄のよい柴田勝家の犬猿関係が勃発し、秀吉は自滅するはず。その時に、上杉家や毛利方の援軍が得られれば、勝機があると考え、再起を願っていた。その反面、天下制定の暁には、天下人の座を譲ってもいい、そこに光秀の本音も感じ取っていた。その瞬間、利三の心の中で光秀は、砂上の楼閣の主となった、と感じていた。それは、大きな落胆と豹変したので御座います。


 その時、数人の黒装束の男たちに囲まれた。光秀と利三は、電光石火で部屋から連れ出された。光秀は、一人の男に背後を取られ猿轡さるぐつわをされ、二人の男が、兜、鎧などを剥ぎ取るのと同時に、光秀に似せた男に装着。その手際の良さは、まさに職人芸そのものだった。

 利三と身包みを剥がされた光秀は、頭陀袋に押し込まれ、馬の背に乗せられ、闇が迫る豪雨の中に消え去った。










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