第23話 周到な根回し

 閻魔会は忠兵衛の思惑を実現するため、光秀、確保の任務を着実に遂行していく。

 天正10年6月2日、本能寺の変のクライマックス。

 信長は正座し、明智軍を見据えていた。恨むでもなく、蔑むでもなく。

 光秀が号令を掛けようと息を飲んだ時、烈火が明智軍を襲った。

 紅蓮の炎は、幾つかの火の玉と化し荒れ狂い明智軍の進路を拒んだ。ただ、火を放ったとは思えない燃え上がりに明智軍は、意表を突かれ成す術のない明智軍は、光秀の決断に溜飲を下げる。


 「この炎の中では信長は助かるまい。信長の亡骸を確認するため十人程を残し、あとの者は二条陣屋に向かい、信長の嫡男・忠長を討ち申す」

 

 不意打ちを食らった忠長は呆気なく討たれ、さらに洛中の残敵掃討を終えると、信長の本拠地である安土城に光秀軍は向かった。途中、勢多せた城主の山岡景隆・景佐兄弟に味方に付くように要請するが、これを拒まれた。味方にならぬは敵と同じ。少し頭を冷やすが良い、と言わんばかりに山岡兄弟を孤立化させるため、瀬田の橋を焼き落とす。この時、安土城留守居役であった山崎片家・近江山本山城主阿閉貞征あつじさだゆき父子・近江の国衆・若狭の国衆は、光秀に従い、近江を平定する。


 美濃では、安藤守就父子が光秀側に就くが、北方を領する稲葉一鉄の反撃に討ち死に。美濃野口城主西尾光教には、加担を拒否され、美濃で勢力を伸ばせなかった。


 6月7日、朝廷は、光秀に使者を送り、緞子の反物など渡すが、朝廷としては形勢を見ながら、一応光秀にも媚を売っておこうと言う程度の儀礼的なものだった。


 6月9日、光秀は、安土城から上洛、都に入った。

 秀吉が西国から取って返すとの噂を聞き、光秀は、その前に朝廷を味方に付け、既成事実を作ろうと動いた。その裏では、自分が旗揚げすれば、当然駆けつけて来ると思っていた武将たちの反応の鈍さがあった。決断を迷っている武将たちの多くは、商人から多額の借入金をしている者も多かった。その商人から信長が「信長亡き次期統率者は誰かと言う危険な四方山話を聞かされていた。危険な話ほど蜜の味。喧々諤々意見を言い合うのは、刺激のない武士にとってつかの間の息抜きとなっていた。聞き上手の商売上手。商人は論理立てたお話上手。忠兵衛が率いる商人たちは、しっかり武士たちに次期統率者は秀吉だと刷り込んでいた。商売の極意は相手を知ること。閻魔会では自分の命を守るため情報戦に力を注いでいた成果だった。


 光秀は、天皇と親王に銀子五百枚、京都五山の寺院と大徳寺には百枚ずつ、朝廷との仲を取り持ってくれた吉田神社の宮司、吉田兼見には五十枚を進上。寺院に対しては信長の供養料の名目で金数を渡し、体制づくりに勤しんだ。

 姻戚関係にある細川藤孝・忠興父子に、但馬・若狭二ヶ国を与えるから加担するよう求め自筆書状を送るも、返ってた報せは、父子が信長の死を悼んで髪を切った、とやんわりと拒否され、当てにしていた筒井順慶も、自分の居城に籠城される始末。茨木城主中川清秀・高槻城主高山重友に対する工作にも失敗。


 加勢の見込みが先細りする中、光秀のもとに山陽道を引き返して来た秀吉は、姫路を発して、摂津尼崎に迫っているとの知らせが入った。


 羽柴秀吉は、思案していた。如何に早く、引き返すかを。

 秀吉のとった独創的な発想は、用意周到な越後忠兵衛の度肝を抜いた。

 徒立ちの者に鎧や武器をその場に捨てさせ身軽にし、駆け抜ける事にのみに集中させた。先行隊を幾多の拠点毎に先回りさせ、新しい足半、握り飯、水を用意させた。

京の山崎には、堺泉州の商人、天王寺屋宗及たちも加勢し、武器、装備を新たに買い揃え準備を整えるのにてんやわんやだった。

 天王寺屋宗及たちは、武術より算術に重きを置く秀吉を引き立て、自分たちの利益を守ろうと動いていた。

 閻魔会の忠兵衛たちも表では、天王寺屋宗及たちと行動を共にしていた。しかし、飽く迄も駒の一つとして動く程度で積極的ではなかった。忠兵衛たちにとっては、秀吉の天下になった暁でも、商売に支障をきたさないための行動だった。


 二万の大軍を率いる戦上手の秀吉に出てこられては…光秀の焦りは高ぶっていた。






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