第22話 歴史に残さないのが闇のお仕事

 東寺の三階の回廊から本能寺の方向を見ると炎と黒煙が上がっていた。我が人生は、あの本能寺のように燃え尽きるのか。後悔の念は思っていたよりも湧きたつことはなかった信長。


信長「彌助、蘭丸は如何した」

重信「蘭丸は、やけどを負い、その手当を受けております」


 忠兵衛の仲間である成田重信は事の一部始終を見守るためと突発的な事態に備えるため信長たちに同行していた。


信長「蘭丸も無事であったか」


 信長は、安堵しつつ、現実と向き合っていた。

 濃紺の空に処々、白きものが混ざり始めていた。そこに現れたのは、イエズス会の宣教師、ルイス・フロイスだった。


ルイス「傷は大丈夫ですか」

信長 「かすり傷だ」

ルイス「それは、良かった。ここからは、私たちがご案内致しま

    す」

信長 「かたじけない、世話になる」


 信長は新たな世界に向けて素直な気持ちになっていた。


ルイス「この後、堺港に参ります。堺港には、印度へ渡る船を待

    機させてます。その船に乗って、信長様が望んだ異国の

    地に行くのです」

信長 「印度か」

ルイス「印度と言っても大陸は繋がっています。お好きな異国を

    探し、お楽しみくださればいい。通訳としても役立つで

    しょうから、彌助も、同行させれば、宜しかろう」

信長 「かたじけない」


 信長と彌助は、感慨深げに、本能寺の方角を見つめていた。


信長 「今頃、光秀は、私の亡骸を探しておろう。闇に隠れたこ

    の信長の姿をな」


 その日の昼には、宣教師の案内人と、信長と彌助、蘭丸は、早籠を使い大坂・堺港へと向かった。

 越後忠兵衛は、探偵から信長を乗せた船が、堺港を出港した知らせを受けた後、晴れ晴れとした面立ちで閻魔会を召集した。


忠兵衛「皆さんに報告があります。無事、信長を彼方異国に葬り

    去ることとなりました。この、めでたき日に皆さんと乾

    杯をしたく、お集まり頂きました。お手元のグラスをお

    手に。この日の為に取り寄せた珍しいワインで御座いま

    す。これで、我らの利権を邪魔する者はいなくなりまし

    た。めでたい、めでたい、それでは、かんぱーい」


 閻魔会の七人衆は、皆の安堵を喜び、乾杯した。


小次郎「忠兵衛どん、信長はんはどうなりまっしゃろ」

忠兵衛「さぁ、険しい航海で朽ち果てるか、野垂れ死にしようが

    知ったことではありまへんわ。権力を失った男に私は、

    興味が湧くことなどありまへん」


 そういって、忠兵衛は、く・く・くと笑ってみせた。


小次郎「ほんに、忠兵衛どんは恐ろしき人よ」

忠兵衛「何をおしゃる、我らをないがしろにする者が、愚

    かなだけ。戦いしか知らぬ者はもう、この世には不要の

    長物でしゃろ。これからは商人が、この国を動かして行

    くのですよ」

小弥太「そうで御座いますな。金は力なり。権力は、金の前に屈

    する、ですな」

忠兵衛「皆さん、これからが大変ですよ。次に天下人になるのは

    秀吉でしょう。信長以上に厄介な御仁ですわ。次なるは

    我らの手で秀吉の対抗馬を育てなければなりません。今

    回の大芝居は、すべてそのためですから」

新右衛門「天下人は、信長を討った明智ではなく、秀吉ですか」

忠兵衛「光秀はんは天下人の器ではない。秀吉の返り討ちに遭う

    は必定。秀吉はんには事前に繋ぎをとり、万が一に備え

    て貰っています。流石、秀吉はんでっせ、毛利に向かう

    道筋で帰路を考え、道や荷物・食事の手配を済ませて向

    かわれておますわ。秀吉には、軍配師・黒田勘兵衛がい

    ます。それに対抗するのは光秀、ただ一人と私は考えま

    す。信長亡き後、統一に向けて動けるのは秀吉はんだ

    け。我らとて統一に時間を掛けられれば商売も上手く行

    きませんからな。秀吉を倒す、またはその後を我らの手

    に収める。そのためには、策士としての光秀が必要だと

    考え、この芝居を思いついたのです」

蔵之介「確かに光秀では、頭になるには、毒がなさ過ぎますな」

長七郎「情に脆い者は、情に溺れ、自らを滅ぼす。その典型が光

    秀よな」

蔵之介「そうで御座いますな。毒気のない奴は、面白味もないで

    すからな」

忠兵衛「さて、皆さんにお頼みしていた件は、順調に遂行されて

    まっか」

小次郎「そうそう、秀吉が、信長討たれるを隠蔽したまま、毛利

    方と講和を結び、とんでもない速さで、京都を目指して

    いるのも事前に知っていたからか。この分で行けば、予

    定が早まると心しておかなけばなりませんな」

忠兵衛「承知しました。おっ、そうじゃったまず礼を。重信はん

    ご苦労様でした。信長の件はお見事でした。今後は私の

    任をお手伝いくだされ」


重信 「かしこまりました」

忠兵衛「さて、小次郎はん、光秀はその後、如何しております」

小次郎「秀吉の主君仇討に対抗すべく、旧知の細川藤孝と娘・珠

    の腰入先の細川忠興に援軍を頼んでいる様子」

忠兵衛「それで、援軍を出すのですか、藤孝、忠興は」

小次郎「援軍の件を、聞こうと思っておりましたが、忠兵衛どん

    の話を聞いて方向が見えたので、藤孝・忠興には、お灸

    を据えておきますわ。そこで、忠兵衛どんに頼みたい件

    がありましてな。光秀への援軍をしないことを約束させ

    ますから、細川家断絶回避の特約を秀吉はんに取り付け

    てくれまへんか」

忠兵衛「分かりました。ちょっと厄介ではあるが、なんとかなる

    でしょう」

小次郎「お願い致します」


 小次郎は忠兵衛を信じ切っていた。今まで忠兵衛が承諾して頓挫したことなどなかったからだ。軽々しくその場の雰囲気に流される人物ではない。それだけに否定された時の恐怖は計り知れなかった。それは他の者も同じ認識だった。







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