第25話 謎の救援者

 茂朝と新右衛門は、二人の男に抑えられ、座らされていた。その視線の前に如何にも落ち着き払った侍が現れた。


 「手を離して上げなさい。溝尾茂朝殿、木崎新右衛門殿、急ぎの頼み聞き入れて頂きます。手荒な真似はお許しくだされ。騒ぎ立てれば光秀様のお命、保証は出来ません。羽柴勢はここを包囲し、遅かれ早かれ、光秀様はお命の終焉を余儀なくされまする。しかし、私の話をお聞き入れくだされば、我らが光秀様をお守り致します。この状況で我らを信じてくだされと言うのは、無体なことは承知。それを押して申し上げております」

 「そなたら何者?」

 「それは後ほど。今は光秀様が大事。我らにお任せ頂ければ、必ずや光秀様を安全な場所までお届け致します。秀吉の追っ手は手強いですぞ。細川家は勿論、上杉家や毛利方の援軍も得られません。言わずとも、光秀様には最悪な状況です。お聞き入れくだされ、我らの願いを」

 「援軍が得られない、そんな馬鹿な」

 「上杉家や毛利方も織田家に逆らうことを良しとなされぬと確認しております。このままでは光秀様のお命が…」


 交渉担当の侍は、お命が…と言う事で、茂朝、新右衛門殿の問題ではなく自分たちの問題だと摺り替えて見せた。


 「さぁ、刻限は御座いません、ご決断を、ご決断を」


 援軍は来ないのか…。それでは籠城したとしても…。秀吉は援軍を得る。勝ち目はない。茂朝、新右衛門は現状を見て、前途を悲観した。


 対面する落ち着き払った侍はどこかの名のある武将の家臣か、光秀の首を取れる機会を手放している以上、今は敵ではない、力を貸せと願うてることは…。藁をもすがる気持ちと、渡りに船の思いが交差して、茂朝は逡巡しゅんじゅんの思いで決意した。それは、新右衛門にも以心伝心で思いは通じ合っていた。


 「分かった。それで如何致せと言うのだ」

 「光秀様の影武者を仕立てます。茂朝殿には木崎新右衛門殿と共にその影武者を本当の光秀様と思い、最後まで守って頂きたい。万が一、影武者が命を落とした場合、身元が分からぬように首を撥ね、顔の皮を剥いで頂きたい。本当の光秀様に手が及ばないように」

 「承知…した」

 「あとはこの場から無事に離れることにご尽力くだされ」

 「分かった」


 羽柴勢の包囲網が迫り来る中、僅かな隙を強行突破し、溝尾茂朝と木崎新右衛門は、影武者の光秀と共に坂本城へと向かった。茂朝と新右衛門は、敗色濃厚のジレンマとは別の重荷を背負っていた。道すがら、不思議なことに羽柴勢の追っ手が全く来ないことを茂朝と新右衛門は、不思議に思ってた。


 それは、半蔵率いる七人衆の策略によるものだった。

 羽柴軍が、明智軍がいる勝竜寺城を重包囲し始めた頃、徒兵の叫び声が響いた。


 「明智軍、西門に集結、鉄砲隊を…」


 叫びが終わらぬ間に、パンパンパンと乾いた音が数発、響いた。


 「西門だぁ、西門に急げ」


 羽柴軍が、西門に怒涛のごとく移動すると


 「明智軍、西門にあらず、東門に移動した、東門だぁ」


 羽柴軍は、闇と豪雨のなか文字通り右往左往する羽目に。


 羽柴軍が慌ただしく移動したため、西門から先に脱出した騎馬隊や徒兵の足跡は踏み消され、追跡が困難な状態になった。勝竜寺城に残っていたのは、残党の兵のみで、重臣や光秀の姿はなかった。秀吉は、光秀が坂本城か安土城に向かい、籠城すると考えていた。


 「袋の鼠よ、捨て置け。光秀の首は我が手にあるも同然」


 戦上手の秀吉は、深追いするより、兵の疲労を取ることを優先させた。兵糧攻めでも一気に攻め込むも、手立ては幾手もあり、慌てる必要がなかった。


 その頃、斎藤利三は、黒装束の長と膝を突き合わせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る