第05話 時代を揺るがす密談
忍びの里とそこに暮らす者を見守る約束を交わした忠兵衛と半蔵だったが、その思いを掻き乱す大事件が起きた。
忍びの里は、2m程の盛り土を設け樹木を植え、外から内側の様子を伺えないようし、外部との交流も最低限にしていた。謂わば孤立させた集落だった。
天下の全てを欲する信長は、砦を築き独自の営みを優先する忍びの里を襲撃した。信長にとって、資源や農作物、兵力、領地など目くじらを立てる程の物は一切ない。他に害を及ぼすことはないが自分の指示に従わない者たちがそこにはいた。信長は例外など認めぬと許せないでいた。忍びの里は、奇襲を受け大きな痛手を負った。天正伊賀の乱である。一度目は、奇襲して織田軍を敗走させるが二度目は大軍を送り込まれ凄まじい被害を伊賀の里は負った。事態を重く見た忍びたちはこの時ばかりは、伊賀も甲賀も協力し合い、打倒信長を掲げた。しかし、刺客を送り込むも用心深い信長の防御の前に悉く失敗。忍びの里は、これまでにない困窮の体を成していた。半蔵は、優秀な忍びの者を筆頭に従事できる男女を問わず若い者を選び、信長に内密で徳川家に雇い入れるよう申し出て、受理させた。
先行きが見通せぬ信長の行いに不安と危うさを感じていた半蔵は、忠兵衛に相談を持ち掛けた。忠兵衛率いる閻魔会も同じ思いだった。深刻な問題であったが熱の籠ったものとなった。半蔵は、思いがけない事を忠兵衛から聞かされる。
忠兵衛「ほんに、御無体な事を平然となされるわな、信長はん
は」
半 蔵「その信長様を家康様は信じ、危うさなど微塵も受けなさ
れぬ」
忠兵衛「崇拝は、真実を見失う毒でっせ。心眼を曇らせては、最
早、人の話を聞く耳さへ自ら塞いでしまう、恐ろしいも
のですなぁ」
半 蔵「殿の眼を覚まさなければ、徳川家が危のう御座る」
家康が信長を信仰するも忠誠心がないと判断した忠兵衛は、独自に調べ上げた情報とその対応を半蔵に話す決意をした。大掛かりな仕事だけに協力者と人脈は喉から手が出るほど欲しかった。忍びの里を襲撃した信長への恨みを煽る事の出来るいま、半蔵からの相談事は渡りに船だった。これはきっと「時の神の成せる業、啓示」だと忠兵衛は感じていた。今の半蔵殿なら家康の指示よりも我らとの合意を徳川家の為と割り切って理解してくれるのに違いない、そう確信していた。
忠兵衛「家康はん、信長はんから茶会に招かれてまっしゃろ」
半 蔵「殿は甚く喜ばれているご様子」
忠兵衛「護衛なしで来い、と」
半 蔵「殿も不思議がられ聞かれたそうな。今の私に逆らう者は
おるか、いない。ならば襲われることもない、と。殿
は、腰抜けかと試されている、と受けとられて…」
忠兵衛「茶会の真の目的は、家康はんを呼び寄せるためでっせ」
半 蔵「なんと…いや、何のために」
忠兵衛「茶会に招かれた主な大名は家康はんだけでっせ。可笑し
くありまへんか」
半 蔵「確かに」
茶会のため信長は、茶入の「九十九茄子」・「珠光小茄子」・「円座肩衝」・「勢高肩衝」、茶碗の「紹鴎白天目」、花入の「貨狄」・「蕪なし」、茶釜の「宮王釜」のほか、玉澗や牧谿の絵画など、名だたる茶器や絵を安土城から運ばせていた。また、衛前久・九条兼孝・一条内基・二条昭実・鷹司信房など公卿を招いていた。仕掛けた側の油断か信長は僅か100人の小姓や中間だけを連れて本能寺に入っていた。
忠兵衛「他の招待客は、夕刻には帰る。家康はんは泊まる事にな
る。場所は、本能寺か本陣か、居場所が明確で警護は手
薄。はぁ、恐い怖い」
半 蔵「意味ありげに言う、本意は」
忠兵衛「茶会は威厳を示す催し。そこに秀吉はんはいない。光秀
はんも何かと理由をつけ遠ざけるはずだす」
半 蔵「ええい、じれったい、はっきり言え」
半蔵は、不穏な空気に押しつぶされそうになり、苛立っていた。
忠兵衛「半蔵はんは家康はんの事になると、正気を失くす。これ
は収穫でおます」
半 蔵「忠兵衛!」
忠兵衛「堪忍や堪忍。ほなはっきり言います。今回の茶会の目的
は家康暗殺だす」
半 蔵「なんと、いや、何故に。殿が信長様に逆らうなど…」
忠兵衛「信長はんは孤独な方や。いつ何時、誰が襲ってくるか、
不安でしゃろな。その不安を払拭するには、先手を打つ
ことだす。忍びの里も後の弊害になると判断しての事」
半 蔵「信長様に近づこうと頑張る姿は、脅威に感じさせると言
うのか」
忠兵衛「私も閻魔会を作るまではそうでしたさかい。命を狙われ
る者の性ですかな」
半 蔵「殿の信長様への忠誠心は無碍に扱われると言うか」
忠兵衛「長宗我部
四国を任せると約束した信長はそれを反故にし、元親と
親交を持つ光秀の仲介も許されず、襲撃は茶会の直ぐ後
かと。辛抱強い光秀はんも何処まで耐えらまっしゃろ」
半 蔵「回りくどい、はっきり言え、何を知っている」
忠兵衛「短気は損気でっせ。真実を見失わんように」
半 蔵「…」
半蔵は、考えたくも聞きたくもない予期できることに備えていた。
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