第04話 神通力

 忍びの里との絆を商人の才能を発揮した交渉術で強めていたある日の事でした。忠兵衛が床に就くと天井裏から声がし、目覚めるとそれを確認したかのように「動けば殺す」と脅された。修羅場を幾度も切り抜けてきた忠兵衛はその声から「この者、我が、命、狙うは本心に非ず」と悟った。


 「流石に閻魔会なるものの頭目、肝が据わっておるな」

 「知っていてのご乱交とは感心しまへんなぁ」

 「確かに。こうして会ってみると心配事は取り越し苦労だったと思うわ、許せ」

 「悪いとお思いなら、対面で話しまへんか」


 謎の男は天板をずらすと身軽に忠兵衛の前に飛び降り、蹲踞の状態で忠兵衛に対峙した。


 「あきまへんなぁ、何かあればやいばですか。それではお望みの解答は望めまへんで、ちいさいちいさい」

 「…。分かった」


 男は、商人でありながら懐が深く、洞察力に優れていると悟り、胡坐をかいて見せた。男の名は服部半蔵と言い、徳川家康に仕えているとのこと。半蔵は、戦を通じて忍びの里の者との親交を深めていたが、その境遇の悪さは自分では何ともし難く胸を痛めていた。そこに現れたのが忠兵衛たちだった。純朴な里の者を食い物にする輩かと疑いながら身辺調査を行っていた。詐欺的な行いはない。遠巻きでは分からない事実を肌感覚で知りたくなり、忍び込んだものだった。


 「それで宜しおます。それにしても全く気づきまへんでしたわ。飽きまへんなぁ、内の抜け忍は」


 半蔵は忠兵衛の恐ろしさを知った。忍び込んだ自分でなく元忍びを責めた。「この男、私と抜け忍の関係も見抜いての発言」と半蔵は面白い、この男に飲み込まれてみようと思った。それを見透かしたように忠兵衛に「酒でも飲みかわしますか」と申し出られた。忠兵衛が付き人を呼ぶため手を鳴らそうとしたとき、襖がそ~と開いた。そこには雇われていた抜け忍五人が鎮座していた。その前には、お銚子一本とおちょこが二つ、膳の上に置かれていた。


 「やっぱり、そう言う事ですか、感心しまへんなぁ。私との絆より優位に立つ絆にほだされる様ではいつ何時、裏切られるやも知れまへんなぁ」

 「待たれ、この者たちは兄弟同然。目上の者に忠義、いや…」

 「あははははは。すいまへんなぁ、てんご過ぎましたわ。せやけど、これが最後でっせ。今後は如何なる場合でも指示が優先する。それを忘れたらあきまへんで」


 半蔵は、抜け忍の怯えは忠兵衛を裏切った後悔であり同時にこの男、信頼に値すると確信していた。半蔵が絶句していると忠兵衛が再び思いがけない事を言い放った。


 「政孝、お前たちの分も持ってきなさい。皆で飲もうじゃないか。但し、酔いつぶれて自我を無くすようではお払い箱ですぞ、あははははは」


 政孝以外の四人は首を左右に振って遠慮するも、政孝だけが「親方のご指示ぞ、逆らうわ、叶わぬ」と毅然と示した。今度は半蔵が驚いた。情と絆を秤にかければ、情が勝っていた者が、絆を選んでいる。人は育つ環境で変わるもの、良くも悪くも。


 忍びの里には、神通力を使う者がいた。その者がいても忠兵衛たちは入り込んでいる。それを不思議に半蔵は思っていた答えがここにあった。生き死にの狭間を経験し、鬼と化し、再び人へと舞い戻った者の度量の深さに心が洗われる心地よさを感じていた。

 半蔵は里の者との関係や今の世、これからの世について心を割って話し合った。徳川の秘密を除いて。政孝たちはそれを理解しようと聞き耳を立てていた。分からぬこと疑問に思う事はその場で吐き出す、これも忠兵衛の教えで在り、空気を読みつつ、理解を深めていた。


 一番鳥がなく頃、散会を余儀なくされた。忠兵衛と半蔵は、絆を強め、今後、何かにつけて協力し合う事を誓った。


 暫くして、今後を占う大事件が発生した。

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