第03話 剣戟の声

 堺商人による商工会の寄り合いは、親睦も含めて酒も入り、忠兵衛が帰路に就いたのは真っ暗闇の刻限だった。忠兵衛は親睦のあった牧野権左衛門が襲われ、重傷を負ったのをきっかけに用心棒を三人雇うようになっていた。


 ガサガサ、ガサガサ。路地から現れたのは黒装束の四人。刃に月明かりが光る。用心棒の「何者?」の声を聞くこともなく、殺気を帯びた剣戟けんげきの声が鳴り響く。忠兵衛の用心棒は手強く、一刀両断で四人を蹴散らした。権左衛門も忠兵衛も大名たちに金を貸し出すようになって襲われ始めた。金貸しは謂わば、裏の仕事であり、商工会の中でも僅かな者だけが手掛けていた。

 その者たちは、横の繋がりを極秘に作り、いつしか集うようになっていた。頭目は、信長・秀吉と繋がる越後忠兵衛、軍配師役の植野長七郎、情報集役の宮本小次郎、元武家の知識人・近江蔵之介、武闘派の成田重信、接待役の田崎新右衛門、興行役の鴨家小弥太が集っていた。

 武士に頭を下げさせたいと始めた貸金業。借りるときは神のように持て囃し、返す折には身分の違いを持ち出し鬼に接するように扱われる。借りた銭を返せない者が使者を送り込んでくる。堪ったものではない。同じ思いの豪商たちは、鬼になって理不尽な者を裁くとの意味から閻魔会と呼ぶようになっていた。

 金貸しは旨味のある商い。その反面、金を借りに来るときには拝まれ、返す段階になれば逃げられるか畜生呼ばわれされ、命さへ狙われる。同業者の中には命だけは落とさなかったが大怪我をした者もいた。忠兵衛たちは、用心棒を雇うが危機管理とは言え費用対効果が低く、昼間から暇を持て余し、酒を飲むやらふて寝をするやらで、他の奉公人に申訳ない気持ちだった。

 ある日の会合にある時、武闘派の成田重信が一人の男を連れてきた。重信は知人との飲み会の後、用心棒三人と提灯持ちの喜兵とで帰路についていた。そこに黒頭巾で顔を隠すが明らかに侍が四人現れ、成田屋だなと言うと刀を抜き襲い掛かってきた。用心棒の一人が犠牲になると日頃、大口を叩いていた二人は、一目散に逃げ去った。喧嘩なら自信はあったが二本刺し三人相手では、これまでかと諦めの色が濃くなった。重信は、「お前は逃げろ。俺の亡骸を手厚く葬れと店の者に伝えてくれ。これは褒美だ」と財布を喜兵に渡すと覚悟を決めた。一人の侍が一歩前に出たのと同時に残りのふたりは散歩程下がった。目の前の侍が刀を段に構え振り下ろした瞬間、「終わった」と重信は目を瞑った。しかし、痛みも音もしなかった。目を開けると喜兵が刀の柄の頭を両手で抑え、体を翻すと侍を背負い投げで投げ飛ばすとみぞおちを打ち、気を失わせた。倒れた侍の担当を抜き、逆手に持つと襲い掛かる残されたふたりをひとりづつ、ひとりは短剣で相手の刃を抑え翻り肘内で、もうひとりの膝蓋骨を正面から蹴った。ふたりは肩を抱き合うように痛めた部分を抑えながら退散した。その一連の流れるような武術に重信はいたく感心し、用心棒・付き人として即決で雇う事を決めた。その際、喜兵は何人かと組む方がお望みに叶う。つきましては私同様不遇に生き、力を発揮できぬ者あらば、是非とも伴に加えて頂けないか、と申し出ていた。それを受け入れた重信から殺気が消え、安堵感から丸くなっていた。忠兵衛はその経緯を聞き、重信に会合でその話を披露するように命じていた。

 元忍び者がそれぞれ違った横のつながりを持っており、集められたのは三十人ほどになっていた。力量・技量・才能を分別し、閻魔会の七人衆に振り分けられた。彼らは個人で雇うのではなく、閻魔会の管理下に置いた。決め事は簡単。報酬は他に買収されない高額を用意。忠誠を裏切るは死。だけだった。

 忠兵衛は、元忍びの悩みを聞き、不憫を感じ、援助の名のもとに優秀な人材確保に乗り出した。忠兵衛たちは、多忙の中、幾度も伊賀・甲賀の里を訪れ、信頼関係を築き、生活に必要なあらゆる品と働き口を提供した。その行いは、抜け忍となった者との和合が目的でもあった。




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