第16話 油断大敵

信 長「何だ、まだ、あるのか」

忠兵衛「信長様による家康暗殺を光秀様に命じられたでしょう」

信 長「そこまで、知っておったのか…。益々、わしは長らえる

    事が難しい立場に追いやられていると言うことか…己の

    蒔いた種か…」

忠兵衛「元親殿のように、昨日までは親睦、明日は敵では、心の

    安息などありまへんがな。光秀様の信頼する斎藤利三様

    に引き抜きの件で粛清を命じられたのもいけまへんでし

    たな。さらに」

信 長「まだあるのか」

忠兵衛「ありますぜぇ。信長様の三男・信孝様に光秀様の家臣に

    出兵を命じさせやはったでしょ。光秀様の面子は丸つぶ

    れでっせ。光秀様の心が折れたということでしょう。そ

    こへ、イエズス会の避けようのない爆破などという信長

    様の功績を打ち砕くような企みが現実味を帯びてきた。

    光秀様にとっては一族存続の危機でもありますよって。

    ならば、悪役になろうとも、自らの手で信長様を、と考

    えられたのも私としては、心中お察し申します、と言う

    所でしょうか」

信 長「謀反は、わしを思ってのことでもあると、言うのか」

忠兵衛「私には、そう思えます。策士の光秀様にしては、信長様

    を亡き者にした後のことを何ひとつ、決められておりま

    せぬ。それ程、追い込まれ、焦られている。正しく言わ

    せて貰うと、思うように援軍が得られないご様子、今は

    ね。何がなんでも信長様の首が手元に必要。その首がな

    ければどうなります。私から言わせて貰えれば、根回

    し、実績、人望が光秀様には足りてまへん。それでも進

    むは焦っておられるとしか思えません。このままでは、

    光秀様は、秀吉様、家康様からの追ってを逃れられな

    い。大義名分と言うお侍さんの定めのもとで。それでも

    暴挙に出るのは、最早、私には正気の沙汰では叶わぬこ

    とと存じます」


 忠兵衛は現実と空想を絡ませたのを真実味を持たせるため、溜

口のような商人言葉と武家言葉を織り交ぜた口調で語っていた。


信 長「そうか、そんなことが…うむ、そなた儂の首が光秀には

    必要と言ったがないから焦る…。そなたの画策では儂は

    いきておるからな、首などないわな」

忠兵衛「怖!聞き逃されまへんなぁ。そこはこちらの話というこ

    とでご勘弁ください」

信 長「入り込んだ筋書きを描いたか、まぁ、よいわ」

忠兵衛「理由はまだ、ありますよ」

信 長「まだあるのか」

忠兵衛「まぁ、これは直接、関係ないでしょうが、ご参考まで

    に」

信 長「何じゃ、言うてみぃ」

忠兵衛「正親町天皇絡みで」

信 長「正親町天皇…毛利家は、皇室の親戚と同じと言いよった

    奴か。毛利家や本願寺との和議を薦めた張本人だな、支

    援してやったのに」

忠兵衛「信長様は天皇になろうとしたお方。正親町天皇を退位さ

    せ、若き誠仁親王さねひとしんのうを新天皇とする

    ことにより、朝廷への影響力を高めようと画策しておら

    れた。朝廷からすれば、それは、脅威でしょう」

信 長「天皇は飾りに過ぎず、儂の傀儡だったとは思いつつ、厄

    介な存在だ。特にあ奴は、和をもって尊しとなす、など

    生温いことを言い寄る」

忠兵衛「その正親町天皇と光秀様は関係が浅くないでしゃろ。お

    ふた方は、信長様の暴走を食い止める策を案じておられ

    た。比叡山延暦寺焼き討ちの際、光秀様経由で正親町天

    皇からの京都・盧山寺は戒律寺院で関係がないので焼か

    ないようにと手紙を見せられたでしょう」

信 長「ああ、だから、聞いてやったではないか」

忠兵衛「そうでしたな。光秀様からすれば、朝廷を朝廷と思わな

    い信長様は、今までの武士が守り続けた気概をぶち壊す

    お人に見えたでしょうな」

信 長「それがどうした、そんな気概など儂がぶち壊してやる

    わ」

忠兵衛「それがあきまへんがな。話し合いにならないとなれば、

    手の打ちようがない。そこへですよ、信長様は光秀様を

    追い込む真似を重ねてなされています」

信 長「耳に胼胝ができそうじゃ」


 忠兵衛は信長の呆れ顔をよそに続けた。


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