第17話 片道切符の駆け引き
忠兵衛「家康様の接待役を中断させて、秀吉様への援軍を命じら
れた。これで、光秀様は信長様による家康暗殺を確信さ
れた。そこへ使者を送らはったでしょ。『丹波と近江の
所領は召し上げる。その代り、出雲・石見の二国を与え
る』と。出雲・石見は毛利氏の所領でしたよね、それを
与えるってのは、自分で奪い取れと言うことでしょ。光
秀様の落胆の色が思い知らされますわ」
信 長「それは裏工作ばかりに精を出さず、やれると言うところ
を見せてみろと言う、謂わば光秀を思っての鞭じゃ」
忠兵衛「そんな鞭は痛いだけで、有り難くありせんよ。光秀様は
人の上に立つ者は人の痛みを知る者と。残念ですが、信
長様の心情は別として、誰にでも分かる素行を見る限
り、光秀様が信長様を見限る引き金になったのではと、
私には思えます」
信 長「人の心など知る術など、儂は興味がない。目に見える
物、この手に掴める物のこそ信ずるに値する…」
信長は、暫し沈黙し、感慨深く、自らの人生を、振り返っているように思えた。命の炎が乱雑に揺れ動くのを感じつつ。
信長の気持ちを代弁するならば、先の先は希望が持てる。先の先とは、天下統一を成し遂げ、朝廷になり、天皇となること。その反面、自分の思いを周囲に浸透させる難しさ。脅威ではなく温和に。忠兵衛にあれやこれやと言われ、腹が立つものの、結果として、比叡山に巣食う生臭坊主たちの行いと自分を重ね合わせていた。
奴らも最初は崇高な思いで僧侶になったであろう。権力を得て、周りが卑下ふすと横暴になり、人道極まりなく外道に明け暮れる。自分が朝廷・天皇になれば、我が儘勝手にこの国を牛耳り、怒りと憎しみを買い、多くの者は不安感を伴い、繁栄とは逆の世を築くのではないか、と。ああ、考えるのも面倒だ。もっと自由に思うがままに生き直しても面白いのではないか、いや、面白いに違いない、と思うようになっていた。
信 長「して、わしにどうしろと言うのだ」
忠兵衛「今となっては信長暗殺は、避けがたいもの、と言って、
過言ではありまへんわ。多方向から攻められては幾ら私
どもでも防げません。ならば、奴らの思いを一点に集中
させ、監視するのが一番だす。そこで茶会をお薦めして
いたわけです。信長様が嵌っておられるね」
信 長「そう言う意図があったのか…。だから熱心にわしを唆
《そそのか》したのか。それをわしは家康暗殺に使おう
としたわけか…。忠兵衛の拵えた舞台に、わしが勝手に
演舞の題材をねじ込んだわけか」
忠兵衛「唆したって…まぁ、宜しい、そう言うことです」
信 長「そなたと言う男を敵に回せば厄介であると、つくづく思
うわ」
忠兵衛「有難い、お言葉ですな~」
信 長「…うん、承知。わしは俎板の鯉になってやるわ。どのよ
うにでも致せ」
忠兵衛「有り難き幸せ。それでは信長様にお願いが御座います」
信 長「ふむ、何じゃ」
忠兵衛「当日、光秀様を本能寺から遠ざけて欲しいのです。光秀
様のことです、参加者の人数を確認し、全員が本能寺か
ら出られてから、ことに及ぶかと。間違いなく、本能寺
に探偵を配備するはずです。探偵は兎も角、軍が居るで
は何かと不都合が。近場におられては裏工作も何もあっ
たもんやないですからな。準備に今、少し時間を頂かね
ばなりませんから」
信 長「それには心配はいらぬ。備中高松城包囲中の羽柴秀吉の
援軍に向かわせる運びとなっておるゆえ」
忠兵衛「それは存じております。私がお願いしたいのは出立の時
刻です。本能寺を出て直様戻ってくることも配慮しなけ
ればなりません。軍としての配置、配備を遅らせたいの
です。出来るだけ、出立の刻限を遅らせて頂きたいので
す」
信 長「では、茶会当日に到そう」
忠兵衛「助かります」
信 長「もし、もし、じゃぞ。光秀が謀反を留まったらいかが致
す。そうなれば、イエズス会の砲弾の餌食か」
忠兵衛「万が一にも、中断などありません。信長様が家康様を呼
び込むために警護を手薄になされた。裏での動きを知ら
ぬとは言え、それは私たちにとっても好都合でした。だ
からこそ、今回の茶会は、千載一遇の機会。これを逃す
はずが御座いませんよ。信長様が命じられた長宗我部元
親への襲撃日もありますさかい」
信 長「憎たらしいほどの自信は、どこから来るのかのう」
忠兵衛「たんまり金を使った結果です。金は嘘をつきまへんよっ
て。信じて、大丈夫で御座います」
信長の決心は早かった。天下人が見えた今、正直、その先に刺激のない不安を感じていた。信長にとって、退屈が最も苦手なものだった。
信長は思っていた。いずれ、イエズス会によって暗殺されるか…。
イエズス会を滅ぼせばいい、そんな単純な問題ではない。イエズス会の影響は光秀しかり諸大名にも及んでいる。飛び道具や薬物の防ぎ方など、思い浮かばなかった。
信長の選択肢は、忠兵衛の用意した舞台で踊ることしかないと、自らに言い聞かせて、覚悟を決めていた。
秀吉の援軍を命じられた光秀は、それを利用して軍を信長に見せる口実で亀山の城を山陰道を通り、大軍を本能寺向かわせた。
光秀は信長の逃走を防ぐため信長の三男・信孝への経路を絶つため鳥羽に向かった。
清玉上人 森蘭丸 阿弥陀寺に弔った。首をトラブル
信長を撃った証を光秀は失った。
日朝貿易で巨万の富博多の豪商 嶋井宗室「楢柴」と言われる高価な茶器を所有していた
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