第18話 夢にまで見たとの「楢柴」との出会い

 忠兵衛は何かを吹っ切ったような温和な信長を見逃すことなく、ここぞと、大胆に切り出した。


忠兵衛「家康様は、信長様の許可を得たということで、私たちの

    支配下にでも置いておきましょう。まぁ、堺の遊覧と言

    うことで、宜しいでしょう」

信 長「家康をそなたらの支配下に置く目的は」

忠兵衛「いやね、家康様とは余り接点がありませんが…。まぁ、

    お人柄を知る、ということで、ご勘弁願えませんか」

信 長「それはまずいぞ…、もう手遅れになるやも…。家康暗殺

    隊は別行動で、隠密に動いておるゆえ、居場所が分から

    ぬ。探し出しても、暗殺中止の知らせが間に合うか、ど

    うか…」

忠兵衛「仕方、ありますまい。それはこちらで何とか致しましょ

    う。間に合わなければ、家康様の運もそれまでと言うこ

    とでしょう。そのような人物は私も不要ですから」

信 長「敵に回すと怖いな、そなた…」

忠兵衛「暴君、信長様にそう、言われるのは本望ですよ、く・

    く・く・く」


 忠兵衛は、強引な商売を通し、修羅場を幾度となく切り抜けていた。商談に於いて人心掌握術のようなものも自ずと身に付けていた。口調の強弱、相手との距離感を溜口や敬語を巧みに使い分け、身分や上下関係の壁を溶かしていった。


忠兵衛「イエズス会には彌助を使って、光秀による信長暗殺が、

    確実に進行中。様子を伺うように。下手に動くと、イエ

    ズス会への誹謗中傷、信長様側につく諸大名を敵に回

    す、とでも流させましょう。奴らとて、代わりに信長暗

    殺を誰かがやってくれるのなら、それに越したことはな

    いでしょうから」

信 長「それ程に、わしは、厄介者か」

忠兵衛「はい」

信 長「それでわしは、呆然と光秀の謀反に付き合えばよいの

    か」

忠兵衛「まさか、信長様にもちょっとは、演じてもらわなけれ

    ば。少なくとも、奇襲を受けたことを、光秀軍に確認さ

    せねばなりませんからな」

信 長「どうしろと言うのだ」

忠兵衛「最初、少しは応戦してもらいましょうか、弓とか槍とか

    で」

信 長「弓と槍でか」

忠兵衛「私が光秀様なら一気に攻めること、自軍に犠牲者を出さ

    ないこと、を考えれば、まずは、鉄砲隊を向かわせて次

    に、鉄砲隊の邪魔にならない程度の先陣を送り込みます

    な。それに応戦してください。鉄砲の玉には呉呉も気を

    つけてくださいまし。製造元から言わせてもらえれば、

    正確に的を射抜くにはまだまだの品物。乱れ撃って、当

    れば儲け物程度ですから。怖いのは流れ弾で御座いま

    す。大勢を迎え撃つには宜しいが一人を狙うとなれば、

    かなり近づかねばなりません。裏を返せば、距離をとれ

    ば当たりにくいと言うことですよ」

信 長「その距離とは」

忠兵衛「それは玉に聞いてくだされ」

信 長「何を言うか」

忠兵衛「敢えて言うなら、塀から縁側程度かと」

信 長「何れにせよ、時の運に縋れと言うのか」

忠兵衛「左様で御座います。大丈夫ですよ、運はお持ちになって

    おりますから」

信 長「他人事のように言い寄って」

忠兵衛「他人事で御座いますよ、私にとってはね、く・く・く・

    く」

信 長「食えぬ奴だ、そなたは」

忠兵衛「食っても旨くありませんよこんな老いぼれを。それより

    決して応戦なされないように。信長様の気性からつい頭

    に血が上り、距離を取る事を忘れ、本気で応戦されるの

    ではと心配で心配で、蕎麦も喉を通りまへんわ」

信 長「そなたが蕎麦だと。蕎麦など食わぬくせに」

忠兵衛「それはそれとして」

信 長「無視か」

忠兵衛「直様、距離を縮めた第二弾の鉄砲隊が迫ってきましょ

    う。その時、襖を目隠しにし、部屋に閉じ篭ってくださ

    れ。その後、急ぎ蘭丸に畳と襖に向けて油を撒かせ、火

    を放たせてください。それで明智軍は足踏み致しましょ

    う。その間にこちらで用意した床下の穴から逃げて頂き

    ます。出口には、護衛も用意しておきます。あとは、護

    衛の者の指示に従って避難してください。あっ、そうそ

    う、念の為に力持ちの彌助を待機させておきますよ」

信 長「奇襲された際に、生き延びられなければ、そのまま、謀

    反成立と言うことか」

忠兵衛「そうなりますな、そこで、命を落とされば、それまでの

    人生とお諦めくだされ。しかし、そうはならないのが、

    信長様でしょう。私はそれに賭けております」

信 長「賭けか。人の命を勝手に弄びよって…。進むも地獄、戻

    るも地獄。ならば、進んでやるわな」

忠兵衛「それでこそ、信長様。ご了承頂けたということで私は、

    仕上げの手配に取り掛かります、宜しいですな」

信 長「仕上げとな」

忠兵衛「やらねばならないことは、刻限なき今も色々ありまして

    な」

信 長「うん、分かった。預けてやるはこの命、そなたに」



 信長に秀吉援軍を命じられた光秀は、直接、向かわず軍を本能寺に向けて動かした。当時、出陣前に主に軍を披露する慣習があった。光秀はそれを利用して堂々と軍を本能寺に向かわせた。光秀は重臣には信長暗殺を告げていた。重臣たちに反論はなかった。常日頃の信長の光秀への虐めとも受けられる折檻を目の当たりにしていたからだ。その光秀が隊から離れた。それに気づいた明智五宿老の一人、藤田行政が光秀に声を掛けた。


行政「殿、何処へ」

光秀「信長の逃走を防ぐため信長の三男・信孝への経路を絶つた

   め鳥羽に向かう」

行政「流石で御座いますなぁ」

光秀「では、後は任せたぞ」

行政「抜かりなく」


 場面は本能寺に切り替わる。


信 長「それにしても惜しい。あと僅かで「楢柴」を拝めるとこ

    ろであったのに」

忠兵衛「この期に及んで「楢柴」ですか。それでこそ信長様。宜

    しおます。その願い叶えてしんぜましょう」

信 長「な・なんと」


 忠兵衛は手を叩くと付き人の時三郎を呼び寄せた。時三郎の手には大事に持たれた風呂敷があった。その結び目を開き、小箱を忠兵衛の元へと置いた。忠兵衛はその箱を信長に向け見せた。


信 長「それは正しく「楢柴」の箱。なぜそなたがもっておる。

    茶会の当日、嶋井宗室から譲り受ける手はずになってい

    た物を」

忠兵衛「こんなこともあろうかと前もって宗室さんに無理を言っ

    て預からせて貰いました。余計な出費もこうなれば痛く

    はありまへんわ」

信 長「はよう、近くへ」


と言いながら、信長自らが「楢柴」の箱に近づいた。


忠兵衛「そう焦りなさいますな、逃げまへんから」


 信長は忠兵衛の言葉も聞こえないと言わんばかりに箱に近づき、木箱を丁寧に開けた。「おお、これぞ「楢柴」よ。」と茶碗を箱から取り出し、持ち上げ全角度から「楢柴」を堪能していた。


忠兵衛「ほんに、子供みたいですな」

信 長「五月蠅いわ」


 忠兵衛と博多のとは嶋井宗室とは豪商繋がりだった。遠出で警護手薄が心配と持ち掛け、預かったものだった。勿論、その前に嶋井宗室を盗賊に紛争させた忠兵衛の探偵に襲わせ、不安を煽った下準備がなされていたのは言うまでもない。信長は今生の別れと言わんばかりに「楢柴」を舐めるように眺めていた。


忠兵衛「信長様が戦果の褒美として名もない茶器を買い取り、値

    を上げられた。そのお蔭でたんと儲けさせて頂きました

    から、そのお礼です。」

信 長「何処までも抜かりがないな、忠兵衛」


 忠兵衛は、子供が玩具で遊ぶのを見るように、にこやかに信長を見ていた。


信 長「これで思い残すものはない」

忠兵衛「宜しおましたな」


 信長は無言で何度も頷いていた。



…(再び、閻魔会の会合場面に戻る)


と、まぁ、こんな具合に話をまとめて参りました」

















清玉上人 森蘭丸 阿弥陀寺に弔った。首をトラブル

信長を撃った証を光秀は失った。



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