第15話 嘘も方便

忠兵衛「光秀様は、四国征伐を苦慮され、長宗我部元親殿との仲

    介に骨を折られておるそうですな」

信 長「そうだ。元親とは親睦を深め、四国を任しておった。し

    かし、わしが勢力を強める事により敵も増える。瀬戸内

    の毛利にいつ攻められるか分からぬ。よって、わしが四

    国制圧を成し遂げれば、毛利とて手出しはしにくであろ

    う、そう思うてのことだ」

忠兵衛「そうでしたか、そうなら、そうと、光秀様に何故、おっ

    しゃらないのですか」 

信 長「そうすれば良かったのか…。疑心暗鬼、下克上など当た

    り前の中にどっぷり浸かっておると信じられるのは己だ

    けになってしまうものだ。それが、態度に出る。相手に

    苛立つと叩き潰したくなる。これは性分だ。こうして、

    そなたの話を聞いているのは、そなたが武士でなく、た

    だの商人でもないからだ。元親の件は、表立っては討伐

    であっても裏では和睦よ。そうすることで毛利が怖気を

    なし、動きを抑えられる。…そうか、意思の疎通か…最

    早、わしには手遅れの手立てかも知れぬな」

忠兵衛「お察し、申し上げます」


 忠兵衛は、信長の四国征伐の言い分を鵜呑みにするはずもなかった。では、なぜ、信長がその場凌ぎの嘘を言ったのか。それは忠兵衛には直ぐに分かった。謀反を仕掛けらている立場を知り、謂れのない仕掛けだと相手に思わせ、自らの落ち度を緩和して話を聞きたいと言う思いからだと。暴君とはいえ人の子。逃げ場もなく、自らの命が狙われている現実を突きつけられれば、少なからずも自己弁護をしたくなるのは至極当然の事だと悟っていた。


 信長は遠くを眺め、戦に明け暮れる武士の苦悩を憂いていた。

忠兵衛「信長様、光秀様と元親様に使える斎藤利三様はご存知で

    すな。光秀様と利三様も旧知の仲。信長様と利三様の間

    で光秀様の心労は計り知れないことでしょう。さらに、

    光秀様は隠れキリシタン寄りのお方」

信 長「イエズス会か。聖人君子の顔をした狐か狸か…。騙され

    はせぬわ」

忠兵衛「そろそろ、確信に入りましょうか。信長様の功績を極力

    傷つけず、信長様の意向を達する術は、そう、明智光秀

    による謀反に便乗するのが良い手ではないかと」

信 長「そなたの筋書きではないと言うのか。光秀の決意だと」

忠兵衛「左様で御座います。信長様の側近の彌助は、光秀様の密

    偵であると同時に、私供にとっては、光秀様とイエズス

    会の動きを知るための密偵でもあるのです。その彌助か

    ら光秀様は、イエズス会の信長様暗殺の情報を得たと言

    うのですよ」

信 長「わしの暗殺だと…イエズス会がか」

忠兵衛「そうで御座います。光秀様は、その確信を得ようと尽力

    を注がれましたが、策士であっても、なにせ、それを手

    繰り寄せる駒をお持ちでない。刻限は、確実に迫って来

    ている。焦られておられた。そんな折、イエズス会の情

    報を得られた。本能寺近くにイエズス会が砲弾を持ち込

    んだ、というね。私供も得ております。その砲弾を本能

    寺に向け放ち、木っ端微塵に。更に、証拠隠滅のため、

    焼き尽くそうとするものです」

忠兵衛「信長様もご存知でしょう。イエズス会とは名ばかりの

    会。その実態は、宗教を隠れ蓑にした日本の植民地化。

    彼らの後ろ盾にはヨーロッパのユダヤ金融資本があり、

    情報集めを目的とした諜報機関を要していることを」

信 長「薄々、感じておった。それゆえに入信を頑なに拒んでお

    る。秀吉も同様にな。しかし、光秀は違ったか。光秀の

    欠点は、心優しい故、真実を見誤る所かな。そうか、光

    秀がのう…、信仰とは領分弁えねば恐ろしいものよな」

忠兵衛「そうで御座いますな」

信 長「奴らの情報は、わしにとっては、輝かしきもの。利用す

    べきは、割り切って利用する。毒も使いようによっては

    良薬になるものよ」

忠兵衛「おっしゃる通り、利用すべきは、利用する。いらなくな

    れば、捨ておけばいい。これが、出来るか、出来ないか

    で、頭に立てるか否かが決まり申しますな」

信 長「光秀にはそれが、出来ぬと言うことか…だから、色々思

    う所があるのか」

忠兵衛「身の程知らずを覚悟の上で言わせて頂ければ、そう言う

    ことになりまするな。感情に流されていては、策が綻び

    を見せます。意志貫徹の強い意志の有無かと」

信 長「うむ。して、わしの後を誰に任せるのだ、いや、そなた

    に都合の良い後継者は、誰だと思うのか、遠慮は要ら

    ぬ、言うてみい」

忠兵衛「お恐れながら、羽柴秀吉様と存じます。その後は、徳川

    家康殿かと」

信 長「秀吉か、奴ならやり遂げようや。しかし、何故、秀吉、

    家康の順なのか」

忠兵衛「信長様の側近であり、混乱をまとめ上げる力があるか

    と。それに…」


 忠兵衛が言い難そうな態度に信長は気づいた。


信 長「遠慮はいらぬ、言うてみぃ」


 忠兵衛は、意を決して凛とした口調で言った。


忠兵衛「独裁者の信長様の後を引き継ぐには、家康様は感情的に

    なり易く、それが新たな問題を招きかねません。その

    点、秀吉様は良くも悪くも算盤を弾かれるお方。目の前

    の事だけでなく、その後の事もぬかりなく、ね」

信 長「確かに」

忠兵衛「信長様、光秀様謀反のいまひとつの理由が御座います」



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