第14話 窮鼠猫を噛む

忠兵衛「来る6月1日、本能寺宿泊のおり、そこで茶会を開催致

    します。その情報は、明智光秀の命を受けて、信長様の

    側近で黒人の彌助からイエズス会に筒抜けになっており

    ます」

       (これは忠兵衛の偽り)


 彌助は宣教師の護衛として日本に訪れ、信長と会う。珍しいものに目がない信長は彌助を譲れ受けた。黒い体は宣教師に扱き使われ汚れたものと思った信長は、風呂に入れさせ付き人に洗わせたが肌の色が取れず驚いた。それを面白がり側近として召し抱えた。


信 長「何と光秀と彌助が、イエズス会の密偵とでも言いたいの

    か」

忠兵衛「それは、どうでしゃろ」

信 長「裏切っておるだと、問答無用じゃ、はっきり言え」

忠兵衛「では、不確かですが、それで宜しければ」

信 長「それでもよい、言うてみぃ」

忠兵衛「では、お言葉に甘えて。残念なことですが、事実です。

    私たちの情報網は、密偵を通じて、寝物語、密談という

    やつを事細かに収集する能力に長けておりましてな、警

    護が疎かになる本能寺に、何らかの企てが起こるという

    情報を得ました」


 それを聞いた信長は少し動揺を見せた。「こやつ、家康暗殺の件も知っておるのか」と。信長は敢えて冷静を保ってみせた。


信 長「その情報とは何か」

忠兵衛「それはですね、信じる信じないは、信長様の勝手で御座

    いますが、それはそれは恐ろしい企てでして」

信 長「まどろっこしい、早う、言え」


 忠兵衛は、信長の不安を煽るように重い沈黙を演じてみせた。


忠兵衛「信長様暗殺で御座いますよ」

信 長「何と。誰がわしを狙っているというのじゃ」


 信長は、家康に企てていたものが自らに降りかかる珍事に戸惑いを感じつつ冷静を装い忠兵衛に尋ねた。


忠兵衛「光秀様で御座います」

信 長「光秀じゃとぉ、何故じゃ」

忠兵衛「そうは言われましても、信長様の重臣、光秀様を裏切り

    者扱いしている時点で、正直、いつ、信長様の怒りを買

    って、斬られるか、そう思うと、体の震えが止まらな

    い、というのが本音で御座います」

信 長「お前が、震えているとな、馬鹿を言うな。自信に満ちた

    面立ちで、居座っておるではないか」

忠兵衛「地獄を見過ぎたせいか、気持ちが顔にでません、損なこ

    とですわ」

信 長「忠兵衛の目を見ればどこまで調べ、自信を持っているか

    分かるわ」

忠兵衛「流石、信長様で御座います。何もかもお見通しのよう

    で」

信 長「わしとて、裏切り、裏切られは、嫌と言う程、窘めてき

    たわ。今更、裏切り者が身近にいようと驚きはせぬわ」


 信長が、光秀を小馬鹿にしている噂がある。それは違う。寧ろ、認めていた。その証が「禿げ」だ。気を許す仲と思うからこそ、そう呼んだ。秀吉への「猿」と同じ。常に秀吉と比較して、光秀の対処への慎重さが信長の苛立ちを誘発しただけ。

 可愛さ余って憎さ百倍とまで行かないまでも、信長の思う光秀像がそこにはなかった苛立ちから光秀への風当たりが強くなっていったに過ぎない。

 人は、他人を意のままに動かしたい衝動に駆られることは否めない。それが叶わなかった時、その苛立ちは、その者を責め立てることで緩和されるもの。それが支配欲だ。

 信長の苛立ちは、明智一族に及んだ。朝鮮出兵に明智家の後継者を送り込み一族を絶やす。明智軍が任務を無事処理すればしたで、それは脅威となる。その場合は、現地統治を理由に遠ざけて置けばいい、そう信長は思っていた。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。感情の擦れ違い、歪みは混沌と深まるのみ。

 光秀にすれば、一族が崩壊させられる危機。信長の気分次第で政策が変わる不安定さ。光秀の立場になれば謀反は至極当然の成り行きだったので御座います。


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