第43話 葬られる武士

忠兵衛「甘おますなぁ。秀吉は武力より算術に重きを置くでしょう。存命中はいい。

    しかし没後は、権力争いが繰り返されますよ。人斬庖丁では世の中の安泰な

    ど望めまへん。あんさんの出番は、秀吉亡き頃。それ迄、才能を磨いてくれ

    やす  

光秀 「秀吉の没後はその血縁者が次ぐのではないか」

忠兵衛「信長の後は、血縁関係者になりますやろうか。一瞬、なるやもしれません。

    が、馬鹿に従うより自分でやった方が何かと便宜でしゃろ。地盤さへ固まれ

    ば、さっさと引きずり落として、天下を自分のものにされますわ。それが秀

    吉はんだす」

光秀 「そなたら、そんな先のことまで考えておるのか」

忠兵衛「先手必勝と言うやおまへんか、仕掛けは早いほうが宜しおます。あんさんに

    は、陰の存在として家康はんに降り懸かる難解な問題を協力して解いて貰い

    ます」

光秀 「そなたらの言うことは理解した、として、家康殿の賛同が得られなけれ

    ば…。幾ら服部半蔵殿が説いた所で、何かと物議を醸すのではないか…」

忠兵衛「その点もご心配なく。下準備は順調に進めております」

光秀 「本人が言うのは可笑しいが、私が表に出るのは何かとまずいであろう」

忠兵衛「そうでおますなぁ。せやさかい、陰の、ってついておますのや」

光秀 「陰か…最早、明智光秀は、この世におらん、ということだな」

忠兵衛「明智光秀は死して名を残す、ですわ。武士としてのあなたはもう、この世に

    はいない。武士でないからこそ、安心して家康も組めるのです」

光秀 「武士ではない、とはどう言う意味だ」

忠兵衛「それは後ほど。ただ、名も動きも徹底的に闇に葬ることでご自身を最も活か

    せる舞台を持てるということです」


 光秀は、自分の置かれている立場を理解しようと努めていたす。忠兵衛が仲間に的確な支持を出し、その他の者は、自らの任務を着実に遂行し、ことが運んでいるのを光秀は、目の当たりにしていた。組織の在り方を垣間見た思いだった。


 何と私は愚かだったのか。そう思うと自らの行いを悔いた。無念にも命を落とした者、先行きの甘さ、器のなさ、言うは易し行う難し…か。信長の亡骸がなかった時の虚無感。光秀は、自らを心の闇へと追い込んでいった。その時だった。一縷の光が脳裏に射した。私は生まれ変わる。変わる機会がここにある。鬼にでもなる。謀反と呼ばれようと世を糾す。その目的を達成するためには。そう思った時、スーと憑き物が落ちたように肩から力が抜けた。


光秀 「分かった、新たに授かったこの命、そなたらの自由にするがいい」

忠兵衛「おおきに。ほな、これからは、私ら、お仲間ですな」 

光秀 「よしなに」

忠兵衛「取り敢えず、家康はんの説得やあんさんの身の置き場への下準備など、まだ

    まだ時間が掛かります。それまでは、私の別荘をお使いくだされ。監禁など

    無作法な真似はしまへんが、顔がばれたら、どうなるか考えて行動してくれ

    やす。それが出来なければ、それまでのことと、私らも諦めます」

光秀 「心配はいらん。武士であること…あったことにもう未練はない」

忠兵衛「それで宜しおます、それで」

光秀 「また、意味ありげなことを言うのか」


 光秀は、忠兵衛の納得する発言に何か裏があるのではと考えていた。

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