第28話 闇の分岐点
ただならぬ状況に後続の武士たちが、光秀の元へと怒涛の如く駆け寄って来た。長兵衛たちは、その勢いに押されて、悲鳴を上げ、谷側下に向かってゴンゴロリ。蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
直様、護衛に付いていた溝尾茂朝は、光秀の元に駆け寄って、藤田行政は、駆け寄る武士たちを光秀の影武者に近づけまいと、静止に躍起になっていた。
護衛A「光秀様に何が御座ったぁ」
行政に進路を絶たれた武士たちは、口々に悲鳴に似た声を上げていた。
行政「何事もない。戻りなされー。馬が、ぬかるみに脚を取られただけ、心配は要ら
ぬ、隊列を乱すでない、さぁ、戻りなされよ」
と行政は、必死な形相で冷静を装っていた。
明智一行は、不安を抱えつつも従った。行政は、光秀の馬の後ろに人壁を作らせた。溝尾茂朝は、光秀の様態を不安げに見ていた。窮地を共にし、影武者が本物に思えてきていた。いや、そう、思いたかった。
茂朝「このままでは、不安を煽り、動揺が広がりまする。我ら三人の代わりを仕立
て、隊を進ませましょう」
行政「それでは、光秀様が…」
と影武者と分かっていても不安を抱く行政に光秀役は、声を振り絞ったのです。
光秀「心配は要らぬ、指示に、従ってくれ、選択の余地はない、ことは…急ぐ」
茂朝は、光秀役の指示に尋常ではない危機感を察し、従った。茂朝も行政も吊り橋効果か名優なのか、影武者の挙動は迫真に淀みがなく、運命共同体のような錯覚に陥っていったのです。それ程にも、光秀役の成りきり方は尋常でないものがあった。
茂朝は、近くに大木を見つけ、光秀をその影に。仕立て上げた三人に口止めをする行政。蓑を深々と被らさせ、えっさえっさと隊を進ませる。
行政は、一行をその場からできるだけ早く、立ち去らせようと、陣頭指揮を取った。十三騎が立ち去るまでの時間、途方もなく長く、ヒリヒリと痺れた。一行が抜けきる時、すうすう、光秀、虫の息。
行政「光秀様、お気を確かに、光秀様~」
溝尾茂朝と藤田行政は、悲壮な面持ちで、光秀を見守るしかなかったのです。
光秀「茂朝、行政に頼みがある」
行政「何で御座りまする」
光秀「私の傷は、致命傷のようだ。そこで、そこでだ…かい…介錯を…」
行政「そんな、そんなこと…」
光秀「武士の情けじゃ、た・た・の・む」
光秀は、苦痛に苛まれていた。
溝尾茂朝は、馬上の光秀が影武者であることがばれないように計画通り、自らの替え玉を仕立てた。茂朝と行政、影武者は藪に身を隠した。
茂朝は、悲鳴をあげる影武者の口を強く塞ぎ、行政は、体を抑えていた。隊が通り過ぎた頃には、影武者は窒息死していた。その亡骸を行政に固定させ、茂朝は影武者の首を撥ねた。首実験されても分からないように顔の皮を剥ぎ、土に埋めた。茂朝と行政は、苦悶の表情を浮かべながら、重く頷いておりました。行政が光秀を支え、茂朝が、一気に刀を振り下ろした。
ヴシュ、ゴトン。見る見る、ぬかるみが深紅に染まっていった。
溝尾茂朝は、放心状態で立ち竦んでおりました。その時、茂朝は思った。このままでは、悲願の自害、土民に討たれた、いずれにせよ光秀様の名を汚すことになる、計画とは別にそう思えた。首級さへ見つからなければ、何らかの手立てはあるだろうと土に埋めた。黒装束の者が言っていたことに期待して。
時は、天正10年6月13日、深夜の出来事でした。
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