第30話 予期せぬ筋書き

 一方、命さながら、逃げ帰った落ち武者狩りの輩は、住処に戻ると恐怖を拭い去ろうと、立て続けに酒を浴びた。そこへ、村の長老の小島三左衛門が訪ねてきた。酒の勢いもあり三左衛門は、長兵衛たちの武勇伝をしこたま聞かされた。

 いつものことだと受け流していたが、あながし嘘ではないのではと思うようになっていた。それを確信させたのは彼らの寝言だった。恐怖にわめき、おののく、彼らの逃げ惑う光景が、目に浮かんだ。それほどに凄まじい、寝言だった。

 長老の三左衛門は、夜が明けるのを待った。虫の知らせというのか、ただならぬ不安を感じていた。彼らの話が本当なら、単なる落ち武者狩りでは済まされない。村にも災いが及ぶやも知れない。その心配が体を突き動かした。


 長老は、村人から信頼の置ける者を数人伴い、彼らが襲ったという場所に行ってみることにした。雨は上がり、一番鶏が鳴く頃だった。半刻程掛け、その場所に辿り着いて辺りを見渡した。そこにあったものは、三人の亡骸だった。その惨状は、長兵衛が語っていた内容と掛け離れていた。長兵衛は、光秀の脇腹を刺して逃げた、というもの。そこにあったのは、切腹したふたりの侍の亡骸と首なしの亡骸だった。

 首なしの亡骸の豪華な鎧には、明智光秀の家紋である桔梗が雨に洗われ、鮮やかに浮き出るように目に飛び込んできた。

 三左衛門たちは、何か他にはないかと近くを探した。足跡があった。それを頼りに辺りを探ると不自然な土盛りがあり、そこを掘り返してみた。


 村人「わぁぁぁぁ、こ、こ、これは…」


 それは、布に包まれた首だった。その首が明智光秀かは三左衛門たちには、当然、判断出来なかった。三左衛門は、その処理について途方にくれ、腰から力がスーッと抜け落ち、その場に座り込んでしまったす。

 その時、遠くの方から、ド・ド・ド・ドォーと幾多の足音が近づいてきた。三左衛門は、身の危険を感じながらも、腰が抜けて動けなかった。

 足音の正体は、明智光秀の一行の有志だった。彼らは、深夜の山道の出来事に不信感を抱いていた。夜が明け、雨も上がった。にも関わらず先頭を行く者が、蓑を取らないで俯いていた。それを不審に思った者が様子を伺っていた。怪しすぎる、声を掛けてみた。しかし、返事がない。よく見れば、身なり、体格も違う。


 「御免…」


 無礼承知で蓑を剥ぎ取ると怯える足軽が怯えていた。


 最も驚いたのは、藤田行政だった。そこに影武者も、隊を託した長友慎之介、小松善太郎の姿もなかった。一体何が起こったのか、行政は狐につままれる思いだった。


 足軽から事情を聞いた武士たちは、半狂乱となった。急げ、急げ、あの場所へ。勇姿たちの後を唖然とした面持ちで行政も追った。そこで、落ち武者刈りの村の長老・三左衛門と対面した。


行政「そなたたち、何をしておる」


 武士たちは、三左衛門の手元を見て、愕然とした。そこには、三人の亡骸が、横たわっていた。駆けつけた明智軍の藤田行政は、怒りに任せ、いや、内密の行動がばれるのを恐れ、小島三左衛門らを切り捨てんと刀を抜いた。


三左衛門「お・お・お待ちくだされ、お侍様」 


 三左衛門は、必死で拝んでいた。その様子に命乞い以外の何かを感じて我に返り、迂闊なことはできない、事情をしるべきと藤田行政は、振りかざした刀を上段で止めた。三左衛門は、唾を飲み込むのもやっとの思いで、事の次第を述べた。それを聞き、流行る気持ちを抑え行政は、殿の仇を討つこと、いや、影武者として散った名もない農夫に憐れみを感じ、怒りの矛先を落ち武者狩りの者たちに向けた。

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