第58話 終活

 忠兵衛が最後の道楽に勤しむ間に世の中は大きく変わっていた。正しくは、変わったから道楽に没頭できた。

 忠兵衛がおみねに出会う前、全国行脚を兼ねた情報収集を楽しむ中、信長の後釜を見事に手に入れた秀吉は、幾多の権力を手に入れ、政権を盤石なものにしていた。悩みは後継者の育成と幕府の意地だった。後継者には嫡男の秀頼で決まり。幕府の維持は石田三成・浅野長政たちによる五奉行が仕切り、家康たちは御奉行とされ、滅殺されていた。しかし、家康は嫡男・秀頼の信頼を勝ち取り、着実に政権交代の時期を睨んでいた。盤石に見えた秀吉も信長家・浅野家の怨念に脅かされる。浅野家の復興または仇討ちを目論むお江と浅野家の者によってヒ素を盛られ、死去。秀吉の死去を待っていたかのように家康の反乱が活性化する。それに業を煮やした石田三成は家康成敗に掛かる。世にいう天下分け目の関ヶ原の合戦に突入する。

 お江が秀吉暗殺に手を伸ばす頃、忠兵衛の思惑が成就する。家康の側近として幾多に及んで家康を窮地から救っていた服部半蔵の手引きにより、天海こと明智光秀を僧侶として家康の懐刀に送り込むことを成し遂げていた。忠兵衛は天海を完全に手中に収めるため三成勢に自害に追い込まれた光秀の三女である細川ガラシャこと珠をお家芸のからくりで助け出し光秀に合わせ、結束を確かなものにしていた。天海は忠兵衛のこれからは武術ではなく学問と光秀に多方面の学問を学ばせ、特に人心掌握術を重点に磨きを掛けさせた。それは関ヶ原の戦いの前哨戦で大いに役立ち、合戦時に多くの寝返りを成し遂げさせていた。

 元武士である天海は合戦時、小心者の家康を叱咤激励し勝利に貢献するとともに戦略実行にも大きな貢献度を成し遂げていた。その甲斐もあって天海は家康に次ぐ睨みを聞かせる立場となり、三代将軍迄その影響力を保ち続けた。

 忠兵衛がおみねに出会ったのは家康が政権を握り、合戦の事後処理を終えた頃だった。そんな忠兵衛も年には勝てず、死を夢に見るようになり、おみねを解き放つことにした。その際、おみねを道具として扱った贖罪の意味を込めて要望を聞き入れた。

そのおみねの念願成就を見届けて忠兵衛は安楽にこの世を去った。その知らせは、忠兵衛に仕えていたしずかから半蔵に伝えられた。半蔵は一時代が終えた思い出感無量となり、家康にあらたな人生を歩む許可を願い出た。家康は、全国行脚で情報収集することを建前に許しを出した。半蔵は忠兵衛と懇意になった俳句の道で松尾芭蕉として残りの生涯を過ごした。家康からの資金提供を出会った不遇の者を救うために使って欲しいと述べてはいたが、苦労も身から出た錆と家康に申し出ることはなかった。

 豪商から成り上がり、忠兵衛なりの天下取りを夢見た男の生涯が幕を閉じた。

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蠢く鴉は、闇夜に笑う。 龍玄 @amuro117ryugen

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