第32話 闇で目覚めて更なる悪夢が

 正体不明の者に拐われた光秀が頭陀袋から解放された所は、真っ暗な部屋だった。

 異国から手に入れた睡眠薬を飲まされ眠る光秀を見守っていたのが閻魔会の長、越後忠兵衛だった。

 

光秀 「ここはどこだ、誰の仕業だ」

忠兵衛「やっとお目覚めですか。ちと、薬が効き過ぎましたかな」

光秀 「何者だ、名を名乗れ」

忠兵衛「落ち着きなはれ、光秀はん。返答次第では、取って喰おうなどとは思ってお

    りまへん。寧ろ、光秀殿のためを思ってのこととお考えくだされ」


 忠兵衛は呼び名や溜口、敬語を巧みに操り人心掌握に長けた人物だった。

 

光秀 「このような仕打ちをされ、信じろと言うか」

忠兵衛「お許しくだされ、こうでもせな、光秀はんとお話出来まへんゆえ」

光秀 「何者じゃ、顔を見せい」 

忠兵衛「それは、ご勘弁を。お怒りはお察ししますが、時間がありまへん。早速、本

    題に入らせてもらいます。光秀はん、これから、どうなされるつもりでっ

    か」

光秀 「そのようなこと、そなたに、答える筋合いはない」

忠兵衛「そうでっか、ほな、こっちで勝手に、やらせてもらいますわ」

光秀 「勝手にせい」

忠兵衛「ほな、進めまっせ、光秀はん。まさか、安土城に篭城したら、勝機があると

    でも考えてはるんちゃいますやろな。そらーあきまへん、あきまへんわ。悪

    いことは言いまへん、勝ち目のない戦いなんか止めときなはれ」


 光秀は戸惑っていた。この者は私の動向を調べ上げている。無用な詮索は無意味ではないかと。同時に唯の野盗ではないことを感じ取っていた。


光秀 「ふむ…、何を申す、無礼者が」

忠兵衛「さぁさぁ、怒りなさんな。策士、光秀が泣きまっせ。ほな、聞きますが、ど

    ないして、秀吉、勝家、家康はんらに、勝てますんや。どう転んでも、主君

    の仇討の気概の塊になっている相手に、勝てまへんわ」

光秀 「我が軍を甘く見るな」

忠兵衛「甘くなんて、見てまへん。現実を見てますんや」

光秀 「勝ち目のない、戦などせぬは」

忠兵衛「そうです、それが一番だす。勝ち目のない戦は、無駄で御座いますからな」

光秀 「そなたの言うこと、いちいち、腹立たしいは」

忠兵衛「すいまへんな、おちょくってるわけやおまへんねぇ、こう言う言い方しかで

    けへん阿呆やとでも思うてくだされ」

光秀 「そなた、商人か」

忠兵衛「するどおますな、その鋭い観察眼で聞いてくれやす」

光秀 「…」

忠兵衛「この度の秀吉はんとの戦いで、上杉謙信はんに援軍を頼まはったけど、あき

    まへんかったなぁ。それに、旧知の細川藤孝はんも同じでしゃろ。娘の珠さ

    んの嫁ぎ先の細川忠興に至っては、自分の髪を切って秀吉に送ったらしいで

    っせ。武士の資格がないから出家するとか、書簡まで送られてしもうて難儀

    なことですな」

光秀 「なぜ、なぜ、そんなことを…そなた、知っておる」

忠兵衛「私らを甘く見てもろたら困りますなぁ。現に、光秀はんはここにいてはりま

    す。秀吉が欲しがってる首が、いま、私らの手の中にあるということです。

    ええかげん、分かってもらえまへんか」

光秀 「…そなたらが大口を叩けるのも、今しばらくのことよ。私がいなくなり、忠

    義に厚い家臣たちが血眼になって探しておるはずだ」

忠兵衛「その点は、お気遣いなく」

光秀 「何だと」

忠兵衛「心配いりまへんわ。何事もないように、軍勢は坂本城を目指しておりますさ

    かい」

光秀 「なに」

忠兵衛「武将には、影武者は付き物でしゃろ。ちゃんと用意さしてもらってます」

光秀 「影武者など立てても、誤魔化されぬわ」

忠兵衛「そうでしゃろか。協力者がいたら、案外、上手く行くもんでっせ」


 ガタガタという音と共に引き戸が開き、暗室に明かりが差し込んできた。そこには、土下座をした鎧を着た武士が控えていた。


忠兵衛「利三はん、説明してあげてくれやす」


 光秀は、その男を見て、利三、斎藤利三かと、一瞬、我が目を疑った。斎藤利三は、光秀が信頼を置く重臣の一人だった。

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